小説

『星になんてならなくていいのに』古村勇太(『よだかの星』『雨ニモマケズ』)

「だれ?」
 入口に一番近くにいた生徒が私に訊ねる。私は兄の名前を出し、本を探していることを告げると、教室の生徒たちはお互いに目配せをしたり、ひそひそと話したり、ますます奇妙な雰囲気になった。
「本なんて知らないよ」
「ていうか、私物は全部学校から家に返されたんじゃないの?」
 返ってくる言葉は、どれも予想通りだった。
「絶対に失くすはずがないんです。心当たりのある人はいませんか?」
 私が更に問いかけてみても、彼らは顏を見合わすだけで誰も答えようとはしなかった。
「いい加減にしてよ。私たちが何か隠しているみたいじゃない」
 一人の女子が、私を睨み非難の声を上げた。確かに、私の聞き方はそういう風にも取れるかもしれない。やはり聞くべきじゃなかっただろうかと、私は少し後悔した。
「まあまあ、ちょっと落ち着けよ」
 不穏な空気を見かねてか、別の男子生徒が間に入る。
「とにかく、俺たちは何も知らないから。もし今後見つかったりしたら教えるから、今日は帰りなよ」
 どうやら、これ以上はここにいても何も聞き出せそうになかった。私は「お邪魔しました」と言って、教室を後にした。

 私は帰り道を歩きながら、先程の教室でのやりとりを思い返した。私の最後の一言は確かに、冷静に考えれば失礼だったであろう。しかし、直感的にそう聞きたくなった、というのが正直な気持ちである。
 思えば、教室に入った時からどこかおかしな雰囲気だった。放課後に、なぜあんなに沢山の生徒が残っていたのか? 私が入ってきたときの彼らの視線の意味は? なぜあの女の先輩はあんなに怒っていたのだろう?
 一つ一つはどれも簡単に説明がつくことなのだが、それらが一つになったとき、なんとも言えない違和感があり、私の心にモヤモヤとしたわだかまりを作っていた。
 そんな風に考えていると、突然声を掛けられた
「ちょっと待って!」
 振り返ると、そこには兄の教室で、最後に仲裁に入った男子生徒がいた。
「お兄さんのことで、話があるんだ」

 この男子の先輩は、まるで懺悔するかのように話し始めた。
「本はある。けど、だれも関わりたくなくて関係ないふりをしているんだ」
「それは、どういうことですか」
「本は、クラスでお兄さんをいじめていた数人が取り上げた。その日の夜に、お兄さんは死んだんだ」
 私は、やっぱりそうかと納得した。それと同時に、はっきりと言葉にされるとこんなに心が冷たく、身体が熱くなるのかということを実感した。
「みんな、今度は自分が標的にされると思って何も言えないんだよ。いや、お兄さんがいじめられている時にも何も言えなかったんだから、みんな同罪だ。……もちろん、僕も含めて。けど、教室に来た君を見て、やっぱり家族に返すべきだと思ったんだ」
 先輩は私の目を見て言った。話を聞いた私は、結局みんな同じなんだと思った。私の普段の振る舞いも、兄の教室の人達も、周囲の目や同調圧力など、自分以上に大きくて目に見えないなにかに縛られて生きている。そして、この先輩はその中でささやかだけれども抵抗してくれた。

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