小説

『星になんてならなくていいのに』古村勇太(『よだかの星』『雨ニモマケズ』)

 そう言って私は飛び出した。後ろから母の声が聞こえたけれど、私は振り切るように走っていった。

 夜に外を出歩くなんていつぶりだろうか。遠くに見える街灯りが地上に光る星のようで、校舎は遠い銀河の端にぽつんと出現した駅のように寂しかった。
 先輩とは正門前で待ち合わせの予定だったが、『もう部室棟に居るからそこまで直接来て欲しい』とスマホにメッセージが届いていた。
 部室棟の前に着いた私は、そこからどうやって入ればいいのかわからないことに気が付いた。先輩にメッセージを送ろうかと思ったところで、私は声を掛けられた。
「おい」
 声の主を見ると、そこにいたのは先輩とは別の人だった。私は一瞬焦ったが、声の主は構わず言葉を続けた。
「本を探しに来たんだろ。来いよ」
 声の主は、良く見ると兄の教室にいた一人だった。
 私が先輩のことを聞くと、彼は「中にいるよ」と言って歩き出した。
 「話は聞いてるよ。俺も協力して一緒に本を探しているんだ」
 他の人に話したなんて、先輩からは聞いていない。私は不審に思いながらもついていくと、部室棟の裏手の方へ回った。暗くて中はよく見えなかったが、窓が一つ割れていて、そこから中に入るように言われた。

 室内は埃っぽく、カビ臭い空気が漂っていた。
「ここに本があるんですか?」
 私の問いに案内してきた生徒は答えず、にやにやと笑っているようだった。
「そんな本を探してどうするつもり?」
 部屋の別の方から、今度は女性の声がした。声の方に振り向くと、そこには兄の教室で私に反論をしてきた女子が立っていた。
 いや、それだけじゃない。部屋のあちらこちらから、兄の教室にいた生徒たちが出てきた。呆然と立つ私はすっかり取り囲まれており、暗くてはっきりとはわからないが、何人もの生徒たちが薄ら笑いを浮かべて立っていた。中には私の写真を撮ってくる者もいる。
「やめてください。これは、どういうことですか」
 私は焦りと恐怖でパニックになっていた。なぜ他の生徒がこんなにいるのか。先輩は一体どこにいるのだろう。
「あいつなら、こっちにいるぜ」

 指し示された方向を、誰かがスマホのライトで照らした。そこには、殴られて顏を腫らした先輩がうめき声を上げて倒れており、まるで虫のように光に反応して身体を縮こませていた。
「ひどい。あなた達がやったんですか」
「ひどい?」
 私を取り囲む人たちの一人が、先輩の髪を掴み上げる。先輩の表情は恐怖でいっぱいだった。
「ひどいのはこいつのほうだぜ。嘘をついてお前を騙そうとしたんだから」
 その言葉に、私はますます混乱した。
「どういう、ことですか?」
「俺たちがいじめて本を取った、とか言われただろ。けどな、いじめも、本を奪ったのも、全部こいつが中心になってやっていたことなんだぜ」
 私は、信じられない、という思いだった。けれど、恐怖に歪んでいた先輩の表情が、それが真実だということを裏付けるように、今度はうつむき私から目をそらした。

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