小説

『星になんてならなくていいのに』古村勇太(『よだかの星』『雨ニモマケズ』)

 私は明かりを消して、部屋を出ようとした。しかし、ふと思い直して、振り返って部屋の奥の窓を開いた。夜の空にはちらちらと、星が頼りなく光っていた。
『あれがよだかの星かな』
 幼い頃の兄の言葉が甦る。兄のお気に入りの話。よだかの星。醜く嫌われもののよだかが、空高く舞い上がって天上の星になる物語で、兄は自分とよだかを重ねていた。
 その話が載った宮沢賢治の文庫本が、兄の本棚から消えていたのだ。
 私は窓から離れて、ベッドにもたれ掛かる。直に座ったフローリングの床がひんやりと冷たく、私の中の熱がすべて奪われていくような気分だ。
『僕もよだかみたいになれるかな』
 ならなくていいよ。私の言葉は夜の帳に溶けて消えた。

 久しぶりの学校では、クラスの女子が口々に心配の声をかけてきた。
「大丈夫?」
「大変だったね」
「元気出してね」
「力になるから」
 よくもまあ、白々しくこんな言葉を口にできるものだ。
 私は以前、この子達が陰で兄を笑っていたのを知っている。私の長い黒髪を「ちょっと気持ち悪いよね」なんて言っていたことも。
 しかし、いま私に投げ掛けた言葉も、陰の悪口も、どちらが本音かなんてことは彼女たちには意味がない。小鳥のさえずりのようなもので、その場の空気に適したことを自然に口ずさむだけなのだ。
 そしてそれは私自身も同じことで、
「ありがとう。もう大丈夫、頼りにしてるね」
 そう言ってにっこり微笑む。
 私たちの世界は、冗談のように表面的な事柄で進んでいく。私を気遣った彼女たちもすぐにどうでもいい日常の話題に移っていき、同じように私もそれに共感して、笑い、相槌を打つ。
 うまく言葉にできない想いは、そもそも言うべきことじゃない。だって、そうしなければこの世界では生きられないのだから。

 放課後、私は兄の居た教室に向かっていた。
 普段来ることのない三年生のフロアは、同じ学校内でも別世界のように見えた。ほんの少し前まで、兄がここで過ごしていたと思うと、なんだか不思議な感じがした。
 兄にも私の知らない時間があるのだ。兄もこの壁の傷をなぞってみたりしただろうか、掲示板のポスターを見ただろうか、あの窓から中庭を眺めていたのだろうか、なんてことばかりが、頭に浮かんでは消えた。兄はここで確かに生きていた。そしてそれはもう過去形なのだ。
 ああ、いけない。こんなことを考えていても、ただ辛くなるだけだ。私はこみ上げてくる感情に蓋をして、兄の教室へと歩みを進めた。

 兄の教室には、まだ多くの生徒が残っていた。
 私が扉を開けた瞬間、まるで驚いたかのような、もしくは奇異なものを見るような目をほぼ一斉に向けられて、私はたじろぐとともに違和感を覚えた。

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