小説

『手の鳴る方へ』焉堂句遠(『桃太郎』)

「あなたが送ったからでしょ」
 女はどこか、愉快な面持ち。
「まさかこんなことになるなんて」
 男は真剣な表情でドアの隙間越しに外を伺っている。
「どこから住所が漏れたんだ?」
 振り向き、独り言のように呟く。
「そんなことより、近所の方にご迷惑になるから、ちょっと退治してきてよ」
 女は男の背中を叩いた。
「それは昔話ジョーク?」
「そんなんじゃないわ」
 女は手を振った。
「すいません。近所迷惑になるので……」
 出てきたぞー!と誰かが叫ぶ。
「出会いは?」
「あの、近所迷惑になるので」
「ご両親はなんとおっしゃっているのですか?」
 無邪気な悪意がフラッシュと質問となり、男を覆う。
 男が戸惑っていると、記者が部屋を覗こうと近づいて来た。
「やめてください」
 慌てて押し返すと、記者が尻餅を着いた。
「桃太郎が殴った」
 また、外が一段と騒然とする。
「いや、入ってこようとするから」
「まだあなたは暴力で物事が解決できると思っているのですか?」
「もう、そんな時代は終わったんですよ」
 質問というよりか、怒号が桃太郎に鋭く集まる。
「すいません……」
 と言って、男はドアを閉めた。
「やっぱり脳筋はいつの時代も脳筋だな!」
「あの人たちに悪意はないわ。お茶の間の暇つぶしを作るお仕事なのだから。ベーコンもくれ、ぐらい言っちゃえば?」
 駆け寄ろうとする男を、女が諌める。
 男はよろめくようにソファに倒れた。
 きっと明日、記者を押し倒した自分の姿が駆け巡るのだろう。
 世界は常に分かり易い刺激に飢えている。
 女はそっと男の頭に手を乗せた。
「たまに嫌になるんだ。耐えれず、怒りや憎しみで自分の生きる意味を楽に作ってしまいそうで」
 俯いた男の横顔は、黒く塗りつぶされ、うまく描けない。
「もう昔話みたいに簡単なお話は、この世から失せてしまったのにね」
 男から言葉が漏れ出る。
 まだ外は喧騒の渦。
「まぁまぁ」
 女は細い指で優しく、撫でる。
 最近、女は男を只眺めることに面白みを感じるようになっていた。
 自分の隣で意味を見つけようと、苦しみ、踠いている姿は心地がよい。

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