小説

『手の鳴る方へ』焉堂句遠(『桃太郎』)

 都会に二人の男女がいた。
 男は全ての物事には意味があると考えていた。
 街を歩いて眺める景色は全て意思の産物で、煩いネオンの看板すらも、誰かのメッセージが込められていると思っていた。
 女は全ての物事には意味はないと感じていた。
 街を歩いて流れる景色は全て偶然の産物で、カフェオレに浮かぶクマすらも、たまたまそうなったものと感じていた。
 二人は、ある新宿のカフェで向き合っている。
 男の太く勇ましい眉は緊張に汗で滲み、女の白い口先は憂いを隠すよう歪んでいた。
 オープンテラスには、もう暴力的な粒子を包んだ夏の風が吹いている。
「初めまして」
「初めまして」
 屋根の隙間から流れ出た光が、綺麗な幾何学模様となり二人を照らす。
 男は眩しく細めた眼の間から、女を眺めた。
 線の細い、色白の、知的そうな女だ。
 その姿は、幼き日に家の近くに咲いていた野生の蘭のように思えた。

 男は婚活サイトを薦めてくれた友人に、心の内でひっそり感謝した。
 友人の名は、金太郎と言った。
「僕らは、やはり誰かを守るために生まれてきたと思うんだ」
 二人が体育会アメフト部の推薦で別々の商社に入社してから、数年は経った。
 大きな体は両親から譲り受けたものだが、往々にして、大きく逞しい体の持ち主の心は、ガラスのように繊細だ。
 二人とも、合コンやナンパが苦手だった。
 巨体をダンゴムシのように縮め、控えめに笑い、只時が過ぎるのを待つ。
 女の子と付き合うとなっても、彼女の挙動全てに意味を探し求め、
「そんなに、優柔不断な人だとは思わなかった」
 と別れ際、吐き捨てられる言葉。
 見た目だけで、「自信のある、頼り甲斐のある男」と判断され、勝手に失望され、去られる。
 心は傷つけられても、筋肉と同じように回復もしなければ、成長もしない。
 ただ、金太郎と傷を舐め合い、不快な瘡蓋が膿んで行くだけ。
 そんな見知った金太郎の結婚は、男にとって只々驚きだった。

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