小説

『手の鳴る方へ』焉堂句遠(『桃太郎』)

 男は薦められるがまま、金太郎が結婚相手を見つけた婚活サイトに登録した。
 恋愛のための恋愛という曖昧としたものではなく、結婚というゴールを持った恋愛、ちゃんと意味のある恋愛。
 もちろん期待の程度は宝くじを買うぐらいだったが、正確な情報を登録し、地道に婚活コンシェルジュと話し合いを重ねた。
 やると決めたら、真面目に向き合う。
 金太郎はそういう男だった。
 だから、嬉しかったのだ。
 初めて婚活サービスで会った女が、こんなにも素敵で。
「結婚という目的を持ち、努力して良かった」
 満足げに片眉が上がる。

 女はこの出会いも偶然の産物だと思っていた。
 半年前に「なんとなく面白そうだから」という理由で婚活サービスに登録してから、様々な男と会った。
 フェルメールの光の加減が好きだという男から、急に数式を書き出す男まで。
 だが、楽しんでいたのは最初のうちだけ。
 徐々に、出会う男達からの視線を不快に思うようになった。
 まるで野獣が獲物を見つけて品定めと調理の計画を立てるような、そんな狩られる側の気分にさせる視線。
 それはマッチングアプリで出会う男とは異なり、妙に暑く、粘着質で肌に合わない。
 自分も同じような視線を相手に送っているのだろうか。
 深淵を覗くものは……、とニーチェの声が聞こえる。
 月謝も決して安いものではなく、もうそろそろ解約しようかと矢先、今月の枠が一個余っている。
 これで最後だなと、最後の枠を使って会いに来たら。
 目の前の男は、目を輝かせ、無邪気にこちら側を見ている。
 コリドー通りを社員証を胸に歩く、パワーエリート。
 六本木にありそうな、トリュフをぶちまけたラーメンのような男。
 少し話しをしただけで、この男は不器用で、自分に自信があり、暑苦しい、商社によくいるタイプだと分類できるぐらいには、目が肥えてしまった。
 思わずカーディガンの裾を、細い指で引き寄せる。

 二人は都会の舞台装置のように、淡々と何気ない言葉を交換しあった。
 それは会話というより、記号の交換に近いものだったかもしれない。
 女は時々スマホを開いて、さて今日の夜は何にしようかと自宅の冷蔵庫の中身を思い出していた。
 男は二人の今後を考えると、もう少し残業代を稼がなければと思った。
 女は、このカフェ代は男が奢ってくれるものだろうかと考えていた。

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