小説

『手の鳴る方へ』焉堂句遠(『桃太郎』)

 やっぱり、遺伝子を通して男に復讐しているのか。
 それとも……。
「こんなことはよくある話よ」
 撫でながら、女が語る。
「私たちの先祖もね、民衆たちの宝物を奪ってひどいことをした、と言われているけど、そんなことはないの。実はあれは、民衆が勝手に私たちに献上してきただけで」
「え?」
「私たちの一族がちょっと体が大きくて、変わったツノが生えていたから、怖かったんだと思う……別に私たちも勝手に持ってくるならって」
「そうだったの?」
「うん。略奪なんてしてない」
 女は優しく微笑む。
「ほら、だから強くないし、あなたの先祖が来た時に簡単にやられちゃったでしょ?」
「うちだって同じ」
 男が涙を拭く。
「別に退治なんて行く気は無かったんだ。だけど、「ビビってんのか?」とか煽られて」
 二人の顔からフッと笑みが溢れた。
「もう、二人でどこか遠くに逃げちゃおうか」
「逃げる?」
 私、小さい頃から出自通りに、ずっと鬼役だったからわかるんだけど、と女が紡ぐ。
「鬼ごっこで一番辛いのは、孤独を強いられて、孤独に慣れてしまうこと」
 「でも、そんなの古い」と、振る手の指に光る銀色のリング。
「こんなつまらない、くだらない世界から逃げ出して」
「逃げ出して?」
「違う場所で愉快に暮らしていたら、みんなもこっちにくるでしょ?」
「うん」
「そしたら、元々居たつまらない世界には誰もいなくなって、勝手に無くなるわ」
「『鬼さん、こちら』的な?」
「何その昔話ジョーク」
 女は男の背中を力強く叩く。
「忘れたの?」
「え?」
 女がニッといたずらっ子のように、仮面は擦り落ちてく。
「私とあなたなら、なんとかなるんでしょ?」

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