それから数時間が経った頃。
天国のように安らかな眠りの真っ只中だった良平が、ふと自分の体が何かにより揺り動かされていることに気付く。
「ちょっと良平、起きてよ!」
糊で貼り付いたようにくっついた、瞼。
それを無理矢理こじ開けた先の空間には、良平が一年前から付き合っている二歳年下の彼女の顔があった。少し前まで同じファミレスで働いていたショートカット・ヘアのよく似合う女性で、名前は武田幸恵(たけださちえ)。いつもなら、少し垂れ気味でアイシャドウの効いた涼し気な瞳が良平の心に潤いと安らぎを与えてくれるのだが、今の彼にそれを与えてくれるのは、くどいようだが睡眠――それだけなのだ。
掛け布団に深く潜り込むようにして顔を沈めてしまった良平の口から零れたのは、かなり不機嫌な声だった。
「あん? さっちーかよ……。ゴメン、今は眠くて動けない」
「何言ってんのよ、良ちゃん。今日は一緒に映画に行く約束だったでしょ?」
「そうだったっけ……」
「ほら、早く起きなさーい」
幸恵が、その華奢な腕からは想像もできないほどの力で彼の包まった布団を無理矢理に剥ぎ取った。すると、まるで甲羅の無くなった亀のようにベッドに横たわる哀れな彼の姿が彼女の前に出現した。
彼女が溜息を漏らしたのととほぼ同時、良平のけたたましい叫び声が部屋に木霊する。
「うわっ、いててて!」
怪我を負い、血を流したままの服装で寝てしまったのだ。傷ついた足や肘と掛け布団を糊付けしていた血の塊までが剥ぎ取られ、思わずその痛さに声を上げた訳である。
眠気で目を閉じたままの良平が、布団の上で転げ廻った。
「なんで布団を取られただけで痛がるのよ……って、どういうこと? 良ちゃん、血だらけじゃない!」
「ああ、それがさ……。今朝、通勤中に駅の階段を転げ落ちちゃって」
「転げ落ちたですって!?」
ようやく痛みの収まった良平が眩し気に目を開けると、クリーム色のブラウスと黒いガウチョパンツ姿の彼女がこちらを――正確には、怪我をした良平の手足の部分を――凝視していることに気付いた。その視線の熱さに、どこか寒気を感じた良平。事の重大さに気付き、自分のことを心配してくれてのことだとは思うのだが、今まで見たことのないほどの彼女の目力の強さに思わず戸惑ってしまう。
「うわっ、大変! ちょっと、見せてみなさいよ!」
「お、おい。何すんだよ!」