小説

『三枚のかさぶた』鈴木りん(『三匹の子ブタ』)

 良平が、率直に身の危険を感じる。
 彼女がインスタに夢中になっている隙に部屋から脱出しようと考えた良平が、そろそろと動き出した。パンイチの格好ではあるが、今更そんなことは気にしない。体中の打撲の痛みと不思議な痺れで思うようには動かない自分の体に業を煮やした彼が、玄関先に並ぶ自分の靴を履こうとしていた、その矢先――。
「アンタ、何処行くのよ!」
「ヒイィッ」
 人間とは、短時間でこんなに変わることができるものらしい。
 先程までの可愛らしい顔とはうってかわって、鬼の形相となった幸恵が良平に体当たりをした。その勢いでドアに弾け飛び、崩れ落ちた良平の右足に巻かれた包帯を幸恵が解きにかかる。
「うわあ、やめろお!」
 そんな言葉は、逆に彼女の狂気を増大させただけだった。
 勢いを増した幸恵が、右膝の包帯をあっという間に解いてしまう。すると、そこから現れたクローバー型のかさぶたを、幸恵はバリバリ音を立てながら器用に指で剥がしてしまった。
「ギャアッ」
 ドアにぶつけたときの痛みとかさぶたを剥がされたときの痛み、両方の痛みが同時に良平を襲う。彼の膝の傷から、再びだらだらと血が流れ出す。
 玄関前のスペースで、あまりの痛さにのた打ち回る良平。その両手両足を、どこからか紐を二本持ち出してきた幸恵が、縛りあげる。
「フフッ……。これでもう、逃げられないわね」
 そう言ってニヤリと笑った幸恵は、たった今しがた剥いだかさぶたを大事そうにテーブルへと運び、写真を撮り始めた。
「さあて、インスタをアップしなきゃ」
 嬉々とした表情の彼女を尻目に、良平が手や足をやたらめったら動かして紐を解きにかかる。なんだかんだ言っても、結んだのは力の弱い華奢な女性なのだ。そのうち、紐の結び目が緩むはず――。
(よし、助かった!)
 だが、そう思ったの束の間だった。
 あともう少しで手も足も自由になる、というところで彼女がこちらを向いた。今やその表情に狂気すら感じる幸恵は二枚目のかさぶたの記事を上げ終わり、三枚目のかさぶたにその矛先を向けてきたのだ。
 思わずびくりと体を動かし、身をたじろがせる。
「見れば見るほど、ハートの形なんて面白いかさぶたね! あまりにうれしくてヨダレが垂れそうだわ」
 瞬きもせず、幸恵が一心不乱で良平の左膝を見つめる。

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