小説

『三枚のかさぶた』鈴木りん(『三匹の子ブタ』)

 ようやく解放された良平は、部屋の奥にあるユニットバスへと向かった。途中振り返ると、ソファーに座りながら鼻唄混じりで写真をインスタグラムにアップしている幸恵の姿が見えた。
(何故だろう。身の危険を感じてしまうのは……)
 体がふるふると震えるのは、決してシャワーの温度が低いせいではなかった。
 水が傷にしみて何度も悲鳴を上げそうになったシャワーをなんとか済ませた良平は、ワンルームで楽しくSNSを続けている幸恵には気付かれないよう、脱衣スペースで今後の対処について検討を始めた。もちろんそれは、かさぶたへの“処置”についてだ。これ以上、幸恵が自分のかさぶたに妙な興味を覚えないように……と。

 まずはこっそり移動して、部屋の隅に置いたタンスの中の救急箱を探る。
 だがそこは、彼もごくごく普通の若い男子だ。こういう怪我への準備が万全な訳がない。音が立たないようそっと蓋を開けてみると、救急箱の中にはだいぶ前に購入した一枚っきりの大きな絆創膏と、たった一巻の白い包帯しかなかった。
(まあ……。しょうがないか)
 傷が若干はみ出たけれど、右肘の大きなかさぶたには絆創膏を貼った。右膝の中くらいのかさぶたは包帯をぐるぐる巻きにして隠すことにした。
(さて、このハート形の小さなかさぶたはどうしたものかな……。あ、そうだ!)
 洗面台の棚に瞬間接着剤をしまっていたことを思い出した良平は、抜き足差し足、脱衣スペースに戻ってそれを棚から取り出すと、左膝の小さなかさぶたとその周りに接着剤を塗りたくった。
(これで流石の彼女も、手出し出来まい)
 接着剤が完全に乾いたことを確認してパジャマに着替えた良平がタオルで髪を拭きながら部屋に戻ると、彼女は玄関近くのキッチンに立っていた。
「ああ、良平? お昼ご飯、アタシが作るね。あり合わせだから、大したもの作れないけど――ナポリタンでいい?」
「う、うん……ありがとう。でも珍しいね、君が台所に立つなんて」
「あら、失礼しちゃうわね。アタシだって料理ぐらいできるわよ、普通に」
 ふんふん鼻唄混じりで料理をする、妙にゴキゲンな彼女。
(なんか、おかしい……)
 普段より格段に優しい彼女の態度に、背中に悪寒が走る。
 だがこの状況は彼女が家にやって来て料理を振る舞ってくれるという、独り者の男からすればすこぶる贅沢なものである。喜ぶ気持ちの方が大きくなかったら、彼女に対して甚だ失礼だろう――。
良平はぶるぶると首を横に振ると、心に潜む闇――彼女への疑念――を振り払った。
「できたよー」

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