溜息が漏れるのと同時に開いた電車のドアを大股で通り抜け、改札を抜けて駅の出口へと向かう。しばらく夢遊病者のように覚束ない足取りで歩いたプラットホームのその先だった。良平の目前に、駅を脱出するための最終難関ともいえる、下へと降りる急な階段が現れたのだ。
だがこのとき、不意に良平を襲った強烈な眠気――。
それが彼の不幸の始まりだった。
ぐらぐらとふらつく、足元。そのために、良平は階段の上から下まで派手に転げ落ちてしまったのである。
うぎゃあ!
叫び声を聞きつけ、近くにいた若い男性駅員が飛び寄って来る。
「お、お客さん! 大丈夫ですか!!」
頭からもんどりうって転がるように落下したのだ。当然、大丈夫なはずはない。
膝に肘、背中に脇腹と体のあちこちが強烈に痛む。どうやらあちこちから血も出ているようだ。赤いタータンチェック柄のシャツの肘部分には血が滲み、元々開いていたとはいえ、ビンテージ物のダメージジーンズの右膝の穴からはまるでキノコのような形をした大きな擦り傷が「こんにちは」とその顔を覗かせていた。気のせいか、その穴が若干広がった感じもある。
だが良平にとって、そんな出来事は大したことはなかった。
今の彼にとって一番大事なのは『睡眠』なのだ。とにかく眠い――この一言に尽きた。すぐにでも早くふかふかとしたベッドでの眠りに就くためには、この場をすんなりスマートに乗り越えねばならないことを彼は直感したのである。
「だ、大丈夫ですよ、もちろん……。ほら、こんなに元気ですから」
血の気の引いた青い顔で、良平は膝からだけでなく鼻からも血を流しながらぴょんぴょん飛び跳ねた。その全力のツクリ笑顔が、返って駅員の心配を誘う。
「えっと、どう見ても大丈夫じゃないんですけど……」
「いえ、ぜんっぜん大丈夫です。と、とにかく放っといてください……。それじゃあ!」
シツコイ駅員を振り払って駅の外に出る。
何度も言うようだが、今の彼にとって一番大事なのは睡眠なのだ。
痛みと眠気で朦朧とした意識の中、自宅アパートに辿り着いた良平。血のべっとりと付着した服装のままばったりとベッドに倒れ込むと、そのまま掛け布団と敷布団の間に存在する夢の世界へと潜り込んだのであった。
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