「巻けたよ」
「ありがと」
私は前よりずっと翼を近くに感じた。
「うん。すごく変。でも、キミは変じゃない」
翼は安心したように笑った。翼の笑顔は特別だ。私はそう思った。
「オレ、あの人を学芸会に招待したいんだ。めんと向かってはムリでも、劇の力を借りれば、きっと、伝えたいこと、言える気がするから」
私は今まで彼を無表情だと思っていた。でも、こんなに表情があったんだ。
「私、キミを誤解してた。思ってたより、強いんだね」
「強くなんかない。ホントは誰にも言わないつもりだったけど、やっぱ、どっかでビビってるから」
「ねぇ、一緒に書かない? 白雪姫の脚本」
「え?」
学芸会なんてどうでもいいと思ってた。でも、私にもがんばる理由ができてしまった。
「あたしの脚本係を半分あげる。だから、かわりにキミの魔女役を譲って」
翼は私のことをどう思ってるんだろう。急に共犯を買って出るなんて、不審だよね。でも、翼を見てたら、自分も意味のあることがしたくなった。あずやルナみたいに、必死になるのも悪くないかなって。翼と一緒なら。
マイクの前で楓が「人人人」と書いてのみこんでる。いったい何人のみこむつもりだろう。緊張しすぎ。物語のナレーションは彼の担当だ。
「言うことを聞かない22人の白雪姫を持て余したお妃さまは、ある日、とうとう、姫たちを森に捨ててしまいました」
そして幕が上がった。学芸会の本番当日を迎えた体育館は満員御礼。舞台には森を模した舞台道具が並んでいる。
私と翼は毎日のように図書館に通って、オリジナルの物語とは少し違うストーリーを作った。森の中で22人の白雪姫が迷っている。
「ごめんなさい、私たちが悪かったわ!」
「反省してるの、もうお城に帰して!」
あずとルナのセリフに続けて、わーんと声をあげて泣く女子たち。翼と龍之介が裏方になって森のセットを移動する。白雪姫たちがはけ、城と鏡のセットが現れる。
「その頃、お城では」
私は思いっきり大げさに演技する。できるだけヒステリックに。
「私はなんてことをしてしまったの! 可愛い姫たちを森に置き去りにするなんて! かわいそうな私の娘たち!」
私の熱演に面くらいつつも、龍之介もテンションを何倍にも上げた。
「早く迎えに行ってあげなさい! キミはここで、姫たちは森で泣いてる!」
「鏡よ、鏡。姫たちが無事か教えて!」
楓が翼にマイクを譲る。鏡の声は翼だ。
「白雪姫たちはみな無事です。みな元気にしています」
そう言って翼は客席をのぞき見た。舞台袖の翼からは客席がよく見える。客席に並ぶ顔の中に翼は大切なゲストを探す。この日のため、その人のために、私たちは全てを用意してきた。
「あぁ、白雪姫! 私のかわいい娘たち、私を許して。すぐに迎えに行きます! 姫たちはおなかをすかせていることでしょう。そうだわ、姫たちの好きなリンゴを持って行ってあげましょう!」
私は翼のママの顔を知らない。それでも、彼女がまだ来ていないことはわかった。翼のおばあちゃんの隣の席が空席だった。舞台が暗転し、私は舞台袖に戻る。