小説

『白雪姫と多勢に無勢のこびとさん』島田悠子(『白雪姫』)

「あーあ。そもそも誰になんの得があって学芸会なんかやんだかなぁ?」
「それを言ったら終わりだよ」
 マキとアスカが走ってきた。
「遅いよ、男子! 早く戻って!」
「あずとルナがケンカしてるの!」
「またかよ」
「今度はホントに大変なの! せっかく作った舞台道具がダメになっちゃう!」
 アスカの叫びに翼の手がピタリと止まる。
「全部、めちゃくちゃになっちゃう!」
 マキが言うと、翼は段ボールを放り出して走り出した。マキとアスカは顔を見合わせ、翼について行く。
「翼、なんであんな気合い入ってんだよ?」
「わかんないけど、僕たちも行かなきゃ!」
 そして、二人の男子も走り去った。

 
 クラスに戻るとあずとルナがつかみ合っていた。髪も制服も乱れて、絵の具を散々にかぶっている。
「二人とも落ち着いて!」
 雨宮が二人を制すが、あずとルナは怒りに満ちた顔でそれをふり払った。
 戻って来た翼はがく然とした。作りかけの舞台道具は無残に踏みつけられ、水と絵の具が飛び散ってなにもかもがめちゃくちゃ。翼のはりぼても壊れていた。続いて戻ってきた楓と龍之介もその光景に驚き、あずとルナを羽交い絞めにした。
「やりすぎだ!」
 龍之介が叫ぶ。
「こいつがママをバカにしたから!」
「あんたが先に言ったんでしょ!」
「どういうこと?」
 楓に聞かれて、ルナが訴える。
「いい加減イタすぎるから教えてあげたの! PTA会長かなんか知らないけど、親が狭い世界でてっぺんとったからって自分まで偉くなったつもりって! 親の権力ふりかざすあんたは超小物だって! その他大勢の一人だって!」
「あんたこそ自分で言ってるだけのシロウトのクセに大物気取り、バカみたい! 本物の芸能人の横に立ったら、あんたなんかかすむに決まってる! あんたが売れるなんてありえない! あんたの親こそどうかしてんじゃないの!」
 あずとルナは泣いていた。獣のような唸り声をあげて楓と龍之介をふり払うと、二人はつかみ合った。本気で相手を傷つけようとしている、そう感じた瞬間、誰かがバケツいっぱいの色水を二人にぶっかけた。ずぶぬれで動きを止めるあずとルナ。カラになったバケツを持っていたのは、翼だった。
「いい加減にしろよ、二人とも。そういう自分らの勝手な行動が、一番、親の顔に泥ぬってるって気づかないのかよ!」
 あずとルナは怒りに震え、
「あんたなんかに言われたくない!」
「ママに捨てられたくせに!」
 力任せに翼を突き飛ばした。翼は窓辺に激突して倒れた。すごい音がした。
「翼! 翼!」
 楓と龍之介の呼びかけにも翼は応じない。
「瀬戸くん? 瀬戸くん!」
 雨宮の声にも翼は倒れたまま答えない。私は全身に鳥肌が立つのを感じた。翼の頭から真っ赤な血が流れ出していた。

 
 こんな風に翼の顔を見たのははじめてだった。メガネを外して目を閉じている翼はズルいほどきれいな顔をしていた。いつもうつむき加減の翼。長めの前髪とメガネも手伝って、誰の記憶にも翼の顔立ちは刻まれていない。
翼が静かに目を開けた。ここは病院の一室。翼は頭に巻かれた包帯に手をやって状況を理解したようだ。

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