この鉢は外れない。
物心ついた頃から私の頭にかぶさっていたのは、鉢だった。ごまや、山芋なんかを擦る大きな鉢が、私の頭についているのだ。いつからその状態なのかは分からないが、それに慣れて生活していたせいか、それが普通でないことに気づいたのは、私がもうある程度大きくなってからのことだった。
「ツキ子ちゃんて、なんで頭から鉢かぶってんの?」
小学五年生の時のことだ。放課後、教室に残っていると、あるクラスメイトの女の子に聞かれた。そう聞かれるのは、昔からよくあることで、でも最近はあまり聞かれる機会がなかったから、私はああ久しぶりに聞かれたなあ、と思ったくらいだった。
「さあ、昔からかぶってたから、わかんないな」
そう言うと、その女の子は、急に冷たい口調になった。
「なんか、そういう言い方、かわいい子ぶってるって思わない」
私には、その意味が分からなかった。そしてどうしてその女の子がそんな口調になるのかも分からなかった。
「なんで?私は本当に分からないんだよ」
だから正直にそう言った。すると女の子は、少し間を置いてから、こう言って教室を出て行った。
「普通じゃないよそれ。可哀想だね」
私には、その意味が分からなかった。何が可哀想なのか、なんでその女の子がそんな態度をとったのか。でも、その女の子の口調と、そして教室のドアを閉めて歩いていく女の子の足音が耳の奥でいつまでも残って、そして理由は分からなかったけれど、私は悲しくなって泣いてしまった。
しばらく教室で泣いていると、先生がやってきて、私にどうしたのかとたずねた。私はさっきあったことを話した。
「ツキ子さんは、可哀想でもなんでもないんだよ」
そう言って先生は慰めてくれた。
「なんで私は鉢をかぶっているんですか」
そう言うと、先生は言葉に困ったようで、しばらくううん、と言っていた。
「何で、なのかは分からないけれどね、それはね、特別なことではないよ」
ようやく先生が言った言葉に私は納得できなかった。
「そうなんですか。でも、クラスに鉢をかぶっている人なんて、私だけですよね。今までそんな人に会ったこともないです」
「それはそうかもしれないね。でも、それはツキ子さんの個性なんだよ。他の子もそれぞれに個性があるように、鉢をかぶっているのもその一つなんだよ」
私は少し落ち着いて、そういうものか、とも思ったけれど、まだ納得したわけではなかった。女の子の可哀想だと言う口調は、不快に耳に残ったままだからだった。
私は家に帰ると、すぐに父親に今日あったことを話した。私は父親と二人で暮らしている。母は私がまだ小さいときに亡くなってしまったそうで、それが私が鉢をかぶる前なのか後なのかはわからないが、顔を思い出すこともできない。