小説

『鉢姫花伝』三号ケイタ(『鉢かつぎ姫』)

 父親は、それを聞くと猛烈に怒り出して、すぐにどこかに電話を始めた。配慮が欠けている、とか、ハンディキャップ、とか、いじめだとかいう言葉が聞こえてきて、私は、その電話が小学校にかけられていることと、自分の頭から鉢をかぶっていることが、「普通でないこと」だということを実感したのだった。さっき先生の言葉に納得できなかったのは、それが先生の困った末の嘘だったからだろう。私はきっと「特別」だったのだ。
 私は、父の電話口での怒りの声を背に、自分の部屋へと戻った。鉢をかぶっているせいで、前は見えない。いつでも一歩一歩、足下を見ながら、歩かなければならない。もちろん、頭を上にそらせば、ある程度前を見ることはできるけれど、首が疲れるし、そして後ろにつかえるので、しっかりと前を見ることはできない。他の子は、こうじゃないんだろうな。私は改めてそう思うと、無性に悲しくなった。
 私は、普通じゃないんだ。鉢をかぶっていることは父親からすればハンディキャップに他ならないんだ。そしてそのことに言及するのがいじめだという風にも見られるんだ。私はきっと、今まで、そのことに配慮されて生きてきたんだ。思い返してみると、今まで体育の授業や行事の時に、先生や、周りの子達に声をかけられることが多くはなかっただろうか。きっと私の知らないところで、先生や、父親が、鉢をかぶった私のことを気にするようにと言っていたのだろう。
 私はずっと、気づかなかったのではなく、なんでそう気にされるのか、薄々感じていながら、その原因に気づきたくなかったのかもしれない。だから女の子の言葉に私はひどく傷ついたのだ。
 私はベッドから起き上がると鏡を見た。いつもは首が疲れるからあまり長時間は眺めていられない。けれども、じっくりと眺めた。見れば見るほど、自分の頭についている鉢が、ひどく不自然なものに見えてきた。
 そして私はその時、きっと生まれて初めて、自分の頭にかぶさっているこの鉢をはっきりと、外したいと思った。今までは少し不便だなと思っていたくらいだったけれど、これのせいで私が周りからそんな風に思われていたのなら、それがひどく惨めで情けなかった。私は鉢に手をかけると、無理にひっぱった。けれども、鉢は頭のてっぺんに、磁石みたいにがっちりくっついていた。下手をすると首が折れるような気すらして、私はあきらめて、そして自分の立場も受け入れることにしたのだった。

 翌日、私は登校すると、個室に案内された。
 個室には熱帯魚の水槽があって、ぷくぷくという機械の音を聞いていると、数人の足音がして扉が開き、先生と女の子が入ってきた。
「ええ、昨日学校であったことなんだけれど・・・」
 先生は神妙な様子でそう切り出した。なんだか大事になってしまったようで、私は気まずかった。
「ツキ子さんにひどいことを言ったことを、ヨシノさんも謝りたいんだって」
 そう言われて、そして昨日の女の子、ヨシノさんも話し始めた。
「ツキ子さんが、昨日みんなに気にされているのを見て、かわいい子ぶっているって私が勝手に思って、ひどい事を言ってしまいました。ごめんなさい」

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