小説

『鉢姫花伝』三号ケイタ(『鉢かつぎ姫』)

 ヨシノさんは涙ながらにそう話し、私は昨日みんなからそんなに気にされていたかなと思い返した。ああ、そういえば、昨日給食の時に大きな食缶を持つのに苦労していたら、同じ給食当番のキリノ君に手伝ってもらったっけ。
私はそのことを思い出した。そして、きっとこの子はキリノ君のことが好きだったんだなと思い至った。そう考えると、昨日の彼女がどうしてあんなふうに言ったのかも理解できた。なんだ、それが原因か。
「それで、ツキ子さんも許してあげられるかな」
 私がそう思い返していると、先生はゆっくりと言った。私はひどく冷めた気持ちだった。
「ええ、私こそ、何も考えずにごめんなさい」

 それからというもの、私は自分の周囲が、自分を見てどう思うのかを気にするようになった。鉢をかぶっている自分が恥ずかしく思えて、なるべく目立たないようにした。そしてなるべく気遣いをさせないようにと思った。けれども放っておいても周りは気を遣ってくれるので、だから気遣われないように、というよりかは、気遣いをしてもらっているという事に対しての感謝を表すようにした。そうしておいて、自分はなるべくおとなしくするのだった。
 中学校にあがっても、そして高校にあがっても、私はそうして無事過ごしてきた。裏でどう言われているのかは分からなかったけれども、私の知らないところで、やっぱり学校の先生や親が、周りに声をかけてくれていたのだろう。私に辛いことを言う人はいなかった。
 高校三年生に上がった時に、私は父親と話をした。
「ねえ、お父さん、いつも気遣ってくれてありがとう」
 私がそう言うと、父親は怪訝そうな顔をした。
「どうしたんだ、急に」
「私が鉢をかぶっているのって、普通の事じゃないよね」
 そう言うと、父親は私をじっと見て、少し黙った。
「もう、分かっちゃうか」
「そんなのわりと前から分かってたし」
 私はそう言って笑った。しばらくすると、すすり泣く声がして、私は父親が泣いていることを知った。
「どうしたのよ、急に」
「すまんなあ、気を遣っていたのは、お前のほうだったのか」
 その言葉を聞いて、私も泣いてしまった。この人もこんな私を育てるのに、きっとたくさん苦労していたんだ。私はそう思うと、申し訳なさでいっぱいになった。やっぱり、この鉢が頭にあるせいで、と思って、私は鉢に手を当てた。やっぱり鉢は外れない。すると、父親はそれを止めて、それは外せるようなものじゃないんだと言った。
 その後で、私は自分がなぜ鉢をかぶっているのか、その理由を聞いた。亡くなったお母さんが、亡くなる寸前に、仏様のお告げを聞いて、かぶせてしまったのだそうだ。しばらくして、日常では不便だと父も外そうとしたらしいが、外そうとしても外れなかったらしい。病院に行っても理由は分からず、命に関わることでないなら、無理をして外すよりも、経過を見ましょうということになり、今に至るそうだ。

 私はそれからも、鉢をかぶっていることを「自覚して」生活をした。そして私は無事、大学に進学した。

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