小説

『白雪姫と多勢に無勢のこびとさん』島田悠子(『白雪姫』)

「来るといいね、翼のママ」
 心の底からそう思った。この秘密の作戦を成功させたい。どうしても。
「来るよ。もうすぐ。絶対、来る」
 翼は自分に言い聞かせるようにそう言った。私は翼に励まされたような気がした。泣き出したいくらい不安なのは翼の方なのに。軽快な音楽が流れだし、踊りながら舞台へと出て行く翼。「ハイホー」を歌い踊る姫たちと翼。
「もっと歌いましょう!」
「もっと踊りましょう!」
「歌って、踊って、白雪姫の好きなことはなんでもしよう! 来て、白雪姫たち、涙をふいて、さぁ、僕の小さな家と森の動物たちを紹介するよ!」
 踊りながら翼について行く姫たち。翼が帽子を落とす。みなが舞台からはけると音楽がやみ、私の出番だ。
「お妃さまが森に来ると、白雪姫たちはこびとと楽しそうに遊んでいました」
 楓のナレーションも落ち着いてきた。
「姫たち、あんなに笑って、楽しそう」
「優しい森のこびとは捨てられて泣いていた姫たちを見つけてかわいそうに思い、一緒に暮らすことにしたのです」
「姫たちはこのまま森で暮らしていた方が幸せなのではないかしら? 私なんていらない。私は悪い母親だから、このまま消えてしまった方が!」
 翼が舞台に戻る。私は木のかげに隠れる。翼は帽子を拾ってかぶり、あたりを見渡す。その間に私は魔女に変身する。マントを裏返して、ガキ鼻をつけて。
「あれ? 今、そこに誰かいたような?」
 翼が木かげをのぞくと、魔女の登場だ。
「おや、こびと。あたしになにか用かい?」
「うわっ、魔女! いいえ、さようなら!」
 翼が逃げ去ると、一人残された私は泣きだす。私は手を抜かずに演技する。
「さようなら、私のかわいい白雪姫!」
 そして、去り際にリンゴを一つ落とすのだ。照明が真っ赤に変わる。
「そのとき、お妃さまのかこがらリンゴが一つ落ちた。そこに一匹の毒虫がはってきて、真っ赤なリンゴに咬みついた。甘い甘いリンゴをむしゃむしゃと食べ、毒虫はリンゴの中へと入っていった」
 照明が戻り、笑い合いながら舞台に戻る白雪姫たち。あずがリンゴを拾う。
「見て! リンゴだわ!」
「こんなところにリンゴがあるなんて!」
 喜ぶルナと姫たちの後ろで、舞台のセットがこびとの家へと変わる。
「リンゴを見つけた姫たちは喜び、こびとがパイを焼いた。白雪姫たちは22人でリンゴのパイを分け合って食べた」
「いただきます!」
 パイにかぶりつき、口々に「おいしい!」と言う白雪姫たち。
「リンゴパイ、ママを思い出す」
「ママ、どうしてるかしら?」
「うっ!」
 急に立ち上がるあず。スポットライトを浴びてドラマチックに倒れる。悲鳴をあげる他の姫たち。舞台が暗くなる。
「毒虫が入っていたパイを食べた姫が倒れ、彼女は死んでしまった」
照明が戻り、棺の上に横たわったあずを囲んで泣く姫たちとこびと。
「残された姫たちも、森のこびとも、みな彼女の死を悲しんだ。彼女に生き返ってほしいと、21人の姫たちは彼女にキスをして自分たちの命をふきこんだ」
 倒れているあずに花を捧げて順番にキスする姫たち。姫たちはキスすると草のかげへと倒れ、ほふく前進で舞台からはける。最後はルナがあずにキスをする番。ルナは涙をこぼして女優の演技を見せつけた。

1 2 3 4 5 6 7 8