小説

『白雪姫と多勢に無勢のこびとさん』島田悠子(『白雪姫』)

「森に落ちていたリンゴを食べたのです。そしたら一人が倒れ、一人を救うために、みんなが消えてしまった!」
「私のリンゴだわ! どうして!」
 倒れそうになる私を龍之介が支える。龍之介は全力の演技をしてくれている。
「妃、しっかりなさい!」
「隣の国の王子が姫を連れ帰ってお葬式をすると言っています、その前に!」
 舞台の最前へと歩み出る翼。おばあちゃんの隣は空席のままだ。
「姫の気持ちを伝えに来ました!」
 空席を見つめ、翼は静かに目を閉じた。来て欲しかった。翼のママに。
「大好きなママ。ここにはいなくても」
 そのとき、静かに体育館の扉が開いた。さしこむ外の光。私は息をのんだ。見たことはない、それでも、それが待ち焦がれたその人だとわかった。翼によく似たきれいな人。どうしようもなく戸惑っているようだった。翼が目を開け、叫んだ。
「ママ!」
 翼は舞台から落ちんばかりに前に出た。彼女は客席のうしろに立っている。
「ママ! 大好きなママ! 本当の気持ちを今、あなたに伝えます! 産んでくれて、育ててくれて、ありがとう。たくさんのことをしてくれて、ありがとう。そばにいてくれて、優しくしてくれて、本当にありがとう! それなのに、困らせたこと、ごめんなさい。いっぱいいっぱい、心から、ごめんなさい。今ならいい子にできるのに、ママの気持ちがわかるのに、それが伝えられなくなってしまった。悲しい、悔しいよ。ママに怒られたこと、捨てられたこと、一人で泣いたこと、そんなことはもう全部水に流して、今、この胸にある想いは、ママが好き、大好き! それだけだから! そばにいてほしい、私のママはママだけだから、一緒にいてほしい! お願い、ママ、愛してる」
 翼は客席のママにむかって両腕をのばした。
「オレのところに帰って来て」
 翼のママの目から大粒の涙がととめどなくこぼれた。彼女も帰りたかったんだろう。そうしたくても、できずに苦しんでいた。翼の許しが彼女にかかった呪いを解きますように。私は祈った。
 舞台袖から見ていた白雪姫たちがざわつく。
「オレのところに帰ってきて?」
「そんなセリフ、あったっけ?」
 間違ってないんだよ、みんな。それで合ってるの。

 
 舞台は森のセットに変わり、魔女の私は棺の上のあずを抱きしめる。あずがせき込み、リンゴのかけらを吐き出して生き返った。魔女の衣装から妃の衣装への早変わりは練習通り成功した。他の姫たちも生き返り、楓があずに求婚。
「いいのよ、白雪姫。行きなさい。私はいつでも、あなたの幸せを願ってる」
 こうしてこの物語は終わる。
「ひとりの白雪姫は王子さまと幸せに、残り21人の白雪姫たちはママと幸せに暮らしました。とさ、めでたし、めでたし!」
 我ながらむちゃくちゃなアレンジ。でも、拍手は鳴りやまなかった。喝采のカーテンコールを私は一生忘れない。一列に並んで手をつないだ4年1組のみんなを。翼が私を見た。あの笑顔で。つないだ手が温かい。私は翼に笑顔を返した。この気持ちをなんていうか、私は知っている。
「ありがとう。舞川」
「こっちこそ、ありがとう。学校行事が楽しかったのは、はじめてかも」
「オレもだよ」
 そう言って笑った翼が、私はたまらなく好きなんだ。

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