根は土を踏みしめ、弱々しかった茎は真っ直ぐ背筋を伸ばす。葉は脈を打ち、蔓は体を支えようと柱に巻き付く。そして、満開の花が姉さんに微笑み返した。
朝顔はみるみる内に生命力を取り戻した。まるで早送りを見ているようだった。口をポカンと開け唖然とする私をよそに、由紀子ちゃんもたちまち笑顔になっていった。
「すごい。ありがとう。魔法使いのお姉ちゃん。」
そう言って、由紀子ちゃんは立ち上がり、プランターを抱えて駆けていく。私は、自分の眼前で起こった出来事をまだ飲み込むことができていなかった。
「お母さん思いの子なのね。少し、羨ましいわ。」
その背中を見つめる姉さんは、とても大人びていた。
「今の、姉さんがしたの?」
私の問いかけに、姉さんは弱々しく頷いた。
「人に寿命があるように、花にも生きるべき時期があるの。こんな力は、魔法でも何でもない。掟を犯すだけ。秩序を、周りをかき乱すだけなの。」
「そんなことないよ。凄いよ。」
私は食い気味に反応した。
「私はね、この力のせいで親から嫌われたわ。『気味が悪い。』って。ある日突然優しくされたと思ったら、見世物にされそうにもなった。」
淡々と語るその横顔は、先ほど見せた笑顔とは違い、寂しさを含んでいた。私は、そんな姉さんにかける言葉を見つけられず、黙り込んだ。その後は、先に歩き出した姉さんの背中をただ追いかけることしかできなかった。
和菓子屋に着くと、私はショーウィンドウの中に無数の花が咲いていることに感銘を受けた。人の手によって作られた色とりどりの花は、先ほど姉さんが見せた笑顔のように美しかったのだ。これもまた魔法のようだと思った。
夕方、姉さんがお風呂に入っている間、私は両親にその日の不思議な体験を話した。得も言われぬ高揚感に満ちていた私は、繰り返しそのことを話した。しかし、姉さんの話を聞いても二人とも驚きはしなかった。今考えると、両親は知っていたのだろう。姉さんの力のこと、それが原因で姉さんが虐げられてきたことを。
その晩、家族でご飯を食べていると、父がおもむろに口を開いた。
「椿。今日のこと、悟から聞いたよ。」
その瞬間、姉さんは箸を落とした。そして、怯えきった表情で俯いてしまった。
「厭うことも、恥じる必要もない。素敵な力だ。大切に使いなさい。」
父は、優しく語りかけた。姉さんは、昼間の由紀子ちゃんのように声を上げて泣き出した。
私はその時になってようやく、姉さんの顔にあった痣がすっかり消えていることに気がついたのだ。向き合ってなかったのは、私の方だった。
姉さんは、きっと覚えているでしょう。あの日を境に、家族にだけはあの笑顔を見せてくれるようになったのですから。他人には分からずとも、私たちは姉さんが持つ魅力を充分に知っていたのです。