「私は……きりえです」
クロエに名前を聞かれると、桐恵は答える。本当は家や学校で無暗に名乗ったり、話をしたりしてはいけませんと言われていたのも忘れていなかった。今日も『アメをあげるから一緒に行こうと言われたら、家に帰ります。ゲームを買ってあげるから一緒に行こうと言われたら、家に帰ります。家まで車で送っていってあげるから一緒に行こうと言われたら、大丈夫です。一人で帰れます』と書かれたプリントをみんなで読んだばかりだ。
けれど、クロエの服装が気になって、言葉も無視できなかった。
「きりえちゃんね。名前もとっても可愛い」
クロエは声を弾ませると、名前を教えてくれたお礼に白いバックから箱を取り出して、桐恵に手渡そうとする。青い色が綺麗な包装紙に金銀のリボンで作った花がアクセントになった綺麗な箱だ。
だが、桐恵は受け取ろうとしなかった。
「人形は嫌？ ダイアもあるけど？」
クロエはサンタクロースの袋と同じ色のバックへ桐恵に手渡そうとした青色の箱を仕舞うと、今度は光沢のある黒い箱を取り出した。片手で持てるくらい小さな箱で、「青いダイアが入っているんだよ」と優しく教えてくれる。その上、桐恵が喜ぶような大人っぽいシフォンリボンで飾られていたのだが、桐恵の腕が伸ばされることはなかった。
「って、少し意地悪だったかな？ 私がきりえちゃんのことで知らないことはないんだ。名前は九十九桐恵ちゃんで、誕生日は10月の15日。好きなのはピンクとかオレンジじゃなくて、ブルーとかブラックとか落ち着いた色。学校でいつも一緒にいるのは夏芽（なつめ）ちゃんか真百実（まゆみ）ちゃんだけど、ママに男の子っぽい夏芽ちゃんとは仲良くしないで、って言われているから最近は、あんまり話は合わないけど、真百実ちゃんと遊んでいる」
「ど、どうして……そのこと……」
手振り身振りを交えて、クロエの厚めの唇から出てくる言葉に驚いて、桐恵の唇は上手く動かなかった。クロエの宣言通り、クロエが桐恵について知らないことはなかったからだ。そして
「そして、知らない人からプレゼントをもらってしまうと、ママや先生に怒られる。どこか間違っていた？ 九十九桐恵ちゃん」
そしてクロエの宣言通り、クロエが桐恵について間違ったことは一切なかったからだ。
桐恵は驚いたものの、クロエの問いに「違ってない」とだけ答えると、「本当に桐恵ちゃんは良い子だね」とクロエはにっこりと笑った。
「また迎えに来るね、その時は自分の意思で私のプレゼントを受け取って欲しいな」