小説

『キリエの匣』三觜姫皙(『クネヒト・ループレヒト(黒いサンタクロース)』)

 傍から聞けばどきりとする言葉の羅列がクロエによって行われていくものの、桐恵は驚かなかった。これが大体のケースであれば、そんなことはないと申し開きをし、誤解と面倒がないように何とか取り繕うのかも知れないし、何とか取り繕うべきなのかも知れない。ただ、自分のことを何もかも知るこの人にはそんな上辺だけの申し開きや繕いは無意味なことで、不必要なことなのだということは20年も前に知っていた。
 桐恵は涙が零れないように少しだけ空を見上げた。目に飛び込んでくる空はあの窓越しで見たものよりもずっと綺麗な青をしていて、そして、ずっと大きかった。
「あの、クロエさん」
「ん? なぁに、桐恵ちゃん?」
「これからご飯に連れて行ってくれるんでしたよね?」
「うん、焼肉の食べ放題。のど笛とか、テッポウとか豚肉のみを出す専門店。豚肉は嫌?」
「いいえ、大丈夫です。その後、私はこのサンタクロースの袋みたいな白い車で攫われるんですか?」
 クネヒトルプレヒト。通称、黒いサンタクロースは赤いサンタクロースの衣装を黒に替えた洋服を着込んでいる。
 親の言うことを聞かない悪い子へのプレゼントは石炭とかじゃが芋とか、子どもが好まないもの。親の言うことを聞かない悪い子よりも悪い子の寝ているベッドへ豚の臓物をぶちまけるらしい。そして、そして。親の言うことを聞かない悪い子よりも悪い子、その子よりもとてもとても悪い子はサンタの袋に詰め込まれて連れ去られてしまうという。
「うん、でも、それは貴方が決めること」
「わたし、が?」
「そう。私としてはご飯が終わったら、まず綺麗なドレスを着せてあげたいし、バッグも、靴もプレゼントしてあげたい。実は、もう幾つかこれだというものはお店に用意してあってね。勿論、桐恵ちゃんが気に入ったものを好きなだけ選んでくれたらいいし、選びたくなければ選ぶことさえしなくていい」
「選ぶことさえ……しない?」
「うん。嫌なものはね、選ぶことさえしなくていいんだよ」
「嫌なものを選ばない……」
「そう。あとは、桐恵ちゃんが望むなら、お母さんも跡形もなく消してあげられる。おばさんやおばさんの子達だって思いのまま。でも、プレゼントを受け取るか受け取らないか。それは桐恵ちゃんの意思で決めること」

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