小説

『飲み込んだ涙のゆくすえ』間詰ちひろ(『浦島太郎』)

 窓なんかついていないのに、その部屋のなかはうっすらと光っていた。その光のもとは部屋の真ん中にぽつんと置かれている、一メートルくらいの高さの甕のようだった。真ん中に、ただひとつ、甕が置かれているだけで、他には何も、置かれていない。史郎は恐る恐る部屋に足を踏み入れ、甕の側まで近づいてみた。
 その甕は、一メートルほどの高さがあり、見た目にはこれと言った特徴はなかった。こげ茶色で、特別な模様がほどこされている訳でもない。甕の上には、木の蓋が、お風呂の蓋のような感じで、ぺたりと乗せられていた。何か、特別な封印があるという訳でもなく、簡単に外すことができそうだった。そして、その木の蓋の隙間から、光がこぼれ出てきているのだった。
 この中に何が入っているのだろう? 史郎は甕の蓋を開けてみたい欲望に駆られた。この部屋自体、なんとなく得体の知れない場所なのだから、やめておいた方がいいのかもしれない、という考えもチラリと脳裏に浮かんだ。けれど、ここまできたのだから、甕のなかを確認することが、おばあちゃんの遺言なんじゃないか? とも思えた。
 少しばかり葛藤があったけれど、史郎は甕の蓋を開けることにした。開けると言っても、大げさなことじゃない。ただすこし、木をずらせば良いだけのことじゃないか。なにも、怖いことなんてないはずだ。そう思った。
 木の蓋をずらし、史郎は甕のなかをのぞきこんだ。すると、その中にはたっぷりの液体が入っていて、甕の底の方に、なにやら沈んでいるようだった。
「なんだろう……? よく見えないな……?」
 史郎はぐいっと、頭を甕のなかに入れるようにしてのぞき込もうとした。
 その時。
 甕の中から、何者かに、頭をぐいっとひっぱられた。あ、と思う暇もなく、史郎は甕のなかに引きずり込まれてしまった。甕のなかの液体に、ざぶりと体ごと浸かったけれど、沈んでいるのか、浮いているのか分からないままに、史郎は意識を失っていった。

 
 史郎が目を覚ますと、辺りは、何かきらきらと輝いているように見えた。しかし、なんだか目がかすんでしまい、よく見えなかった。
「……ここは、一体?」
 まぶしさに目が慣れないためか、史郎はなんども瞬きをした。目のピント調節がうまくできないようだった。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10