小説

『飲み込んだ涙のゆくすえ』間詰ちひろ(『浦島太郎』)

「なんで、おばあちゃんは、俺にそんなもの残したんだろ……?」

 
 春先に亡くなった祖母が、遺言を書き残していた。その遺言の中に、場違いとも思えるように「これは浦田史郎に渡しなさい」と記されたものがあったのだという。
 もともと、遺言に書かなきゃいけないほどの財産があるとも思えなかった。けれど、早くに祖父が亡くなって以来、祖母は田舎に残された土地を守り続けていた。これから先も、きちんと守り続けて欲しいという想いからか、遺言を準備していたのだという。
 浦田史郎は、祖母の住んでいた古い家にやってきていた。祖母が亡くなったいまでは、その古い家はおじさん夫婦が後を継いで住んでいる。
「遠いところ、わざわざごめんねぇ。一応ね、おばあちゃんの最後のお願いごとを聞いてあげないと、夢に出てこられそうで」
 そう言って、叔母の百合子は太った体を小きざみに揺らしながらクスクスと笑っていた。
「玄関先で話してないで、あがってもらいなさい。史郎くんごめんなあ。せっかく大学の夏休みでいろいろ予定もあるだろうに。わざわざこんな田舎に来てもらって」
 叔父の利幸が、申し訳なさそうな表情をしながら、迎えいれてくれた。

 
「……あの。おばあちゃんの遺言の品って、なんですか?」
 客間に通されたのち、お茶を出され、両親は変わらず元気か? とか、最近どんな勉強をしているのだとかの世間話を終えた後に、史郎はようやく切り出した。すると、叔父と叔母は顔を見合わせたのち、叔父はすっと立ち上がった。そして、床の間の横にある小さな引き戸をあけ、中からなにかを取り出し、史郎の前に戻ってきた。
「……これなんだけどね」
 叔父は、ちょっと困ったような表情を見せながら、史郎にそっと差し出すものがあった。
 それは、「史郎へ」と書かれた茶封筒だった。ぴったりと糊付けされていて、開けられた様子はなかった。少し、ふくらみがあり、ただ手紙だけがはいっているわけではないことが、見ただけでも感じ取られた。
「おばあちゃんが、遺言を書くって言い出したのはね、史郎くんに渡したいものがあるからだって。なにか、心当たりあるかい?」

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