小説

『飲み込んだ涙のゆくすえ』間詰ちひろ(『浦島太郎』)

「……あの、この結晶って、なんですか?」
 史郎は恐る恐る、女に質問した。自分の身体の中から取り出されたように見える、この不思議な物体はなんなんだろう? 周りに落ちているものと、何が違うんだろう……? 聞くのが怖いようにも思えたけれど、聞かない訳にもいかなかった。
「これは、あなたのこころよ」
 女は少しだけ、微笑んだような表情を見せながら、話し出した。
「その結晶は、流宮情(りゅうぐうじょう)っていうの。流れてしまう、感情っていう意味」
 りゅうぐうじょう? 俺の知っている竜宮城とは違うようだ。史郎は口を挟みたかったけれど、とにかく女の説明を最後まで聞いてみることにした。
「人間って、みんな感情をどこかに追いやって、生きていきたいみたい。このあたりに散らばっているのは、みんな、捨てられた感情」
「捨てられた、感情……」史郎は、小さく呟いた。
「そう。もう、自分にはいらないから、捨ててしまいたいっていうの。だいたいの人間はね。だから、わたしが取り出してあげても、捨てちゃうの。箱に入れて、大事にしてくれないのよ」
「……取り出す必要、っていうのはあるんですか?」
 史郎は気になったことを、つい質問してしまった。女は少しだけ、首をかしげて、悩んでいるようだった。
「持ち主が心の奥底にしまい込んでいる感情を取り出すことが、私の仕事。取り出した後のことは、持ち主次第。いらないなら、捨てちゃっても良いのよ?」
「……俺の、取り出された感情は、どうすればいいと思いますか?」
「お好きにどうぞ。捨てていっても良いし。持って帰っても良いし」
 そういって、女は、辺り一面をぐるりと見渡した。
「みんな、いらないって、捨てていっちゃうけど、自分の持ち物なんだから、持って帰っても良いんじゃない? あなたのおばあちゃんは、持って帰ってたかな」
 急におばあちゃんのことが話題に上り、史郎はふっと考え込んでしまった。おばあちゃんは、なんでおれにこの場所にくる鍵を渡したんだろう……? おばあちゃんは、おれに何を伝えたかったのだろうか?
「あ、その結晶のことだけど。捨てちゃったら、もう元には戻らないから。それだけは、覚えといて」女はそういって、史郎に持たせた箱を指差した。
「……持って帰ろうと思います」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10