小説

『飲み込んだ涙のゆくすえ』間詰ちひろ(『浦島太郎』)

 史郎は頭を悩ませながら、ぐるぐると考えてみたけれど、なにひとつ、思い出せることはなかった。
 史郎が小さいときに、史郎の母は大きな病気にかかり、若くに亡くなってしまった。仕事人間だった父では面倒をみられないといって、史郎はこの田舎の家に預けられることになった。そのため、史郎はおばあちゃんと過ごしている時間が長かった。けれど、おばあちゃんから、なにか「これは史郎にあげるからね」と約束されたものなんて、何もなかったし、思い出せることもなかった。
「うーん……。特に、これといった記憶も、ないなあ」
 史郎は目の前にいる叔父夫婦の不安そうな顔を見ながら、この封筒の中身について、何も思い出せることはなかった。
「あの。とりあえず開けてみても、いいですか? あ、もしかして開封する時俺だけが見るように、とか何かあるのかな?」
 史郎は祖母から残された封筒を手に取ってみた。少しだけ、重い感じのするその封筒は、やはり何かはいっているのだろうと思えた。
「ああ、史郎くんさえ良ければ開けて見てくれる? なんだか、私たちもずっと気になっていてねえ……」
 叔母は頬に手をやり、やはり困ったような表情で、史郎の持つ封筒を見つめていた。
「じゃあ、開けちゃいますね」そう言って、史郎は、中のものをうっかり破ってしまわないように封筒を丁寧に開けた。
 封筒の中には、手紙と、半紙に包まれた何かが入っていた。史郎は、手紙を読む前に、その半紙で包まれたものを開けてみることにした。
 そこには少し錆び付いた鍵が入っていた。その鍵は、棒に小さな突起がふたつ飛び出ているだけのおもちゃみたいなものだった。昔話にでてくる宝箱の鍵のようにも見えるけれど、実際に鍵として使える代物ではないがらくたのようにも見えた。
「……鍵?」
 叔父も、史郎が開封する作業を静かに見守っていたけれど、半紙から出てきたものを見たとき、つい声が出てしまったようだった。一体なんの鍵なんだろう? と、史郎は手紙を開き、祖母が書き残してくれた言葉を読んでみることにした。
 しかし、そこには祖母の丁寧な字で、こう書かれていた。
「蔵の鍵は、史郎のものです。なくさないように」
 机の上に広げられた手紙をのぞき込みながら、三人はそれぞれに首をひねっていた。なにやら、暗号めいた祖母の手紙の意味は、誰にも理解できなかった。ただひとつ分かったのは、半紙に包まれていた鍵は「蔵の鍵」ということだけだった。

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