小説

『飲み込んだ涙のゆくすえ』間詰ちひろ(『浦島太郎』)

 翌朝になり、史郎は蔵を見に行くことにした。
 そもそも、蔵自体にも鍵がかかっているので、その鍵を叔母に借りた。
「史郎くん、蔵のなかね、いま物置みたいになってるの。片付いてないんだけど、あんまり気にしないでね。置いてあるもの適当に動かしても全然良いから」
 叔母は、恥ずかしそうにそう言って、史郎に蔵に入るための鍵を渡してくれた。暑いし、蔵の中は空気が悪いからあんまり長く居ないほうがいいよと叔母は少し、心配そうだった。
「すみません。じゃあ、お借りします」
 史郎は申し訳なさそうに、鍵を預かり、ズボンの右ポケットにいれた。そこにはおばあちゃんから残された鍵も入っていて、史郎が歩くたびに二つの鍵がぶつかるカチャカチャという音が聞こえた。

 
 庭の片隅にある蔵の扉を開けた瞬間、むわっとした熱気と、埃っぽい空気が史郎にかぶさってきた。蔵の中はこまめに風を通していないらしく、すこしカビ臭い匂いもした。叔母が恥ずかしそうに申告していた通り、ごちゃごちゃとダンボールや木の箱などが無造作に積み上げられていた。荷物を動かして良いと言われたけど、いいかげんに触ってしまうと、もう二度と同じ場所には置けそうもない。こんなに荷物が山積みだと、逆に何も見ようがないな……、史郎は少し飽きれながら、ところ狭しと並んでいる荷物の山を崩さないように蔵の奥に進んでいった。
 もう、これ以上は進めないな、というところまで歩みを進めた。特別、史郎が気になるものは何もなかった。戻ろうとしたとき、キラリと、史郎の目になにか光るものが映った。
「ん? ここはもう、壁じゃないのか?」そう思って、振り返ってみると、史郎の腰の高さくらいの場所に、小さな穴があいていた。
 もしかしてと思い、史郎はポケットからおもちゃみたいな「蔵の鍵」を取り出し、その穴に差し込んでみた。鍵は少しさびついたためかひっかかりながらも回すことができ、かちゃり、という音が蔵の中に響きわたった。
 その音が合図だったかのように、史郎の前に、小さな扉が現れた。その扉の先に何があるのかは分からない、けれど、祖母は史郎にその鍵を託したということは、その扉を開けろ、ということなのだろう。史郎は意を決して、その扉を押して、入ってみることにした。

 
 扉の向こうには、四畳半ほどの小さな部屋があった。外から見た蔵の広さを考えると、こんなに広い空間があるなんて、史郎には想像できなかった。

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