小説

『飲み込んだ涙のゆくすえ』間詰ちひろ(『浦島太郎』)

「しかし、蔵にはいるための鍵は、この鍵じゃないんだけどねえ……?」
 叔父夫婦は、どこか、別の場所にある蔵があるのか、など思いつくままに話し合っていた。史郎自身は、なんでこんな意味不明なものを、俺に残したんだろう? と頭を抱えていた。
 しかし、ひとつだけ、史郎には思い当たることがあった。それは、史郎が小さかったときのこと。祖母について、蔵に一緒に行ったことがあった。おばあちゃんの側に居たくて、離れたくないと散々駄々をこね、くっついていったのだ。渋々と言った様子で、祖母は史郎を連れ、広い庭の片隅にある蔵へ向かった。そして蔵の中でおばあちゃんは史郎の両肩に手を置いて、静かににこう言ったのだった。
「史郎、おばあちゃんね、いまから蔵の奥で用事があるの。ここでひとりぽっちでも待っていられる? 嫌なら、部屋に戻ってもいいんだよ」
「……ここで待ってる」蔵の中は暗く、じっとりとしていて史郎は怖かった。けれど、おばあちゃんが近くに居るなら大丈夫だと自分に言い聞かせ、蔵の中で待つことにした。
 じゃあ、ちょっと待ってて、と言い残し、おばあちゃんは蔵の奥にはいっていった。それほど広い蔵じゃないのだから、なにか奥にある荷物をとりにいくのだろう、と史郎は小さい頭で考えていた。どこか、蔵の奥の方で「かちゃり」と音がした。史郎は少しビクッとしたけれど、考えると怖くなったので気にしないフリをした。蔵に入ってすぐに置かれていたダンボールに座り、足をぶらぶらさせていたのだった。
 それから、どのくらい時間が過ぎたのか分からない。史郎はいつの間にか眠ってしまっていたらしく、次に記憶があるのは畳の上で目を覚ましたことだった。おばあちゃんは蔵の奥から出てきて、史郎をだっこし、家の中に連れ戻っていたようだった。

 
 ただ、それだけの記憶だ。
 だけど、不確かな「かちゃり」という音は、もしかしたらこの残された「鍵」が関係しているのかもしれないな、と史郎の脳裏にちらりと思い浮かんだ。

 
「まあ、とにかくこの鍵は史郎くんのものだから。何だかよく分からないけど、明日にでも、蔵でも見に行ってみると良い。今日はもう、疲れただろうから」
 叔父はそう言って「ようやくばあちゃんから残された宿題が片付いたよ」と笑い、お茶を飲み干していた。その日は史郎も疲れていたし、もともと泊まっていく予定にしていたため、蔵を見に行くのは明日の朝にした。

 

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