その後、触られても、なめられても、入れられても、気持ちよくもないけれど、ぼんやりと小刻みに揺れる天井を眺めていた。大野が体を横たえて言った。
「ほんと眠るだけだったら、どうしようかと思った。でも、安心されて、うれしかった」
矛盾めいた言葉に私は何も言えない。こんなことなら、目を覚まさず、ずっとガラスの棺に守られて、眠っていたかった。恋とか愛とかわずらわしい。里香は眠くもないまぶたを無理やり閉じた。
25 years old.
派遣の更新延長の時期に、更新をせず会社を辞めた。何の構想も予定もないけれど、東京に行くことに決めた。
会社を辞めることが決まると、これか、と小指をたてる課長の指を頭の中で何度もへし折ってやった。周りにも「寿？」と聞かれた。「違うんです。そうだったら、いいんですけどね」なんて軽い口調で返す自分にも嫌気がさす。
男なら聞かれない。じゃあ、男になりたいのかと問われたら、即答できない。物心ついた時から女で、これからも女だからだ。もうここへは生活する場として戻ることはないだろうと思いながら、大学四年間過ごした東京へ戻った。
大野に東京に行くと告げると、遠距離恋愛をするという選択肢など最初からなかったように、別れ話になった。言い合いも、喧嘩もなく、あっさりと始まった恋はあっさりと終わった。
東京に戻ってきて、就職活動を始めたが、すぐに人恋しくなり、大学のゼミの先輩、伊吹さんに連絡を取った。
会うのは卒業以来はじめてだった。在学中は何度か映画を見に行ったり、食事に行ったりした。一度伊吹さんの家にも行ったことがあった。
伊吹さんも東京育ちではなく、里香と同じような地方都市から出てきていて、東京や人ごみに不慣れなところが似ていて、一緒にいて居心地がよかった。
ふたりでベッドに腰かけ、テレビを見ていた。世界のびっくり映像を垂れ流すよくある番組だった。ぎしりとベッドがなって、顔が近づく。伊吹さんの吐息が耳にかかる。どうしても受け入れられなくて、里香は不自然に何度も顔を背けた。 伊吹さんと会うときは、いつもムダ毛もきれいに剃って、新しいブラジャーをつけ、パンツともおそろいで、どうなってもいいように準備していたのに。
好きも、付き合ってください、もなく先にキスをすることが受け入れられなかった。好きか嫌いかより、順序だった形が恋愛経験のなかった里香には大事だった。
二年振りに会う伊吹さんは服装も垢ぬけて、洒落たレストランが似合う男になっていた。社会人生活がそうさせたのだろうか。一軒目、ワインの美味しいお店で、「この料理には赤が合う。これは白」伊吹さんがグラスワインを次々に頼む。