小説

『白雪姫的恋の見つけ方』小高さりな(『白雪姫』)

「本当?」
 里香の問いに彼は返事をしなかった。ただじっと見つめ合った。手をつないで無言のまま公園からの帰り道、ホテルに入った。
 彼は終わった後に言った。
「里香とこれから何度もセックスしたいし、ピクニックも行きたいし、おいしいものを食べたいし、いろんなものを見たい」
 里香は彼の言葉を繰り返した。
「何度もセックスしたいし、ピクニックに行きたいし、美味しいものを食べたいし、いろんなものを見たいし、ずっと一緒にいたい」
 一度セックスをしてしまえば、あいさつとキスとセックスは同じになって、生活の一部に組み込まれる。ないと変な感じなのだ。
 彼はよく里香の耳をなめる。里香は彼の頭を撫でる。里香は耳をなめられるのは、好きでも嫌いでもない。それよりも、頭を撫でられるのが好きで、満たされる。究極なところ、性的な結合がなくても、きっと抱き合って、頭をやさしく撫でられたら満足できてしまうほどに。里香は彼の頭を撫でた。撫で返してほしいという気持ち以上に、彼にも気持ちいいと思ってほしいからだ。彼もそうなのかもしれない。里香の耳に舌を沿わせる彼は、耳たぶでぴたりと動きを止める。
「穴、開いてる」
「うん、高校生の時、開けたの」
 今はピアスをつけていない。ただ穴だけがあるだけ。里香の小さな自慢は、今までかったピアスを無くしたことがないことだった。高校生の時、無くしたピアスを探し歩き、体育館のモップに引っかかっているのを見つけたことがあった。
 今でも買ったピアスやもらったピアスは無くしてはいないけれど、もう使うことはないピアスたちはすっかり魅力が色あせてしまった。捨てるのももったいなく、箱に入れて押し入れに眠っている。
 ピアスの穴をあけない、コンタクトはしない、髪は染めない、と中学生の時、誰に問われたわけでもないのに、そう宣言した里香だったが、あれから十年のうちにすべてをやった。簡単に心変わりする。
 彼に包まれていると、あたたかい。はじめて生理になってお腹が痛い、とベッドでうずくまる里香の下腹部に母が手をあてがってくれ、優しくさすってくれたことを思い出した。
 彼が愛おしくて、胸板に顔をうずめた。母的で、父的で、家族的なあなたに浸っている。彼の過去の恋愛を彼は語らないし、里香にも聞いてこない。
 里香は急に意地悪な気持ちになって、全部ぶちまけたいと思ったりもする。こんな人とこんな風にキスをして、こんな体位でつながったことがあるのだと。嫉妬してもらいたい。本当は聞いたことも見たことのない彼の元恋人に嫉妬しているのは自分だった。そんな醜い自分を知られたくない。嫌われたくないから、言わない。彼のことが好きになるたびに過去の思い出を電話帳のようにまっさらに消し去りたいと思う。

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