小説

『白雪姫的恋の見つけ方』小高さりな(『白雪姫』)

「飲み切らなくてもいいから」と言われても、もったいないという気持ちから、里香はグラスを空にした。
 ほろ酔いで二軒目に誘われた。シティホテルのバーラウンジの暗がりの奥のソファ席に座ると、伊吹さんが里香の太ももに手を置いた。なんだかマニュアルに載っているような手順だった。わたしはその手順に正しく行う部品の一つに徹した。肩が触れ合い、顎を持たれ、キス。伊吹さんが舌を入れてくる。ぎこちなく左手をわたしの太ももを撫で続ける。
 ホテルの部屋に行き、電気もつけず、窓からの夜景の光を頼りに服を一真一枚脱ぐ。
 告白という形を大事にしてきたはずなのに、下着は上下揃っていない、無駄毛も処理していないと行き当たりばったりだった。
 ホテルの部屋で裸になって抱き合って、言葉には出さなくてもすることはお互い承知しているのだけれど、できなかった。体勢を変えてみたりしたけれど、うまくいかない。伊吹さんがだめなのか、里香がだめなのか、もしくはその両方なのか、とにかくできない。
 それから、上になったり下になったり、無言で動いた。シーツのすれる音がやけに大きく聞こえる。どのくらいの時間そうしていたか分からないが、伊吹さんが動きを止めると、横になってベッドのバネが少しはねた。
「初めて?」
 暗がりの中で、伊吹さんの声だけ聞こえて表情は見えない。
「久しぶりで」
 うそをついてもばれないのだけれど、妙に律義な気持ちになって正直に答えていた。初めてでと恥じらった方が、いじらしくて、可愛らしかったのかもしれない。伊吹さんはもうあきらめたのか、手を広げ、里香は腕枕に頭をゆだねる。大野もそうだったけれど、腕枕をしたがるのが不思議だ。ごつごつして居心地が悪いし、枕の方がよっぽどいい。
「今度ね、マンションを買う予定なんだ。夜景がきれいだよ」
「仕事で、今度ボストンに行くんだ」
 自慢ともとれる言葉がシャボン玉のように次々ぱちんぱちんと頭で弾けて溶けて、無意味な言葉が子守歌の代わりになる。好きでも、嫌いでもなく、ただただ穏やかな温もりに久しぶりの安眠だった。
 子守歌の代わり。伊吹さんの言葉が心の表面を撫でて素通りしていく。言葉を紡ぐ存在が眠気へと誘った。仕事があると、朝方彼はシーツにくるまった里香を置いて、ワイシャツのボタンを一番上までとめ、ネクタイを締めると部屋を出ていった。部屋の温度が一気に下がった。シーツにくるまっても、ちっとも温かくならない。
 伊吹さんは変わった。同じ様に、里香も学生の頃から変わってしまった。
 セックスをしなかったら、また次の食事にも行けたかもしれなかったのにな、と考えた。ひとりでホテルをチェックアウトするのはむなしかった。それから、伊吹さんからの連絡は途絶えた。里香の王子様ではなかった、ただそれだけのこと。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10