小説

『終戦花見』清水その字(古典落語『長屋の花見』)

 かくして、三等飛行兵三人組は草原へ向かった。背の高い草が生い茂り、その先には雑木林が見える。少し前まで、グライダーで何度も上空を通過した場所だ。そこにひょっこり生えているヤマナシの木の根元に、彼らは陣取った。春には白い花が咲くものの、今は瑞々しい緑の葉を風に揺らすだけだ。花の咲いたときは見事なもので、桜の代用にもなるだろう。今は気で気を養う……花が咲いているつもりで花見をする。
 辺りを探してみると、吉澤はすぐに食べられるものを発見した。細長いギザギザとした葉の草で、小さな蕾をつけている。その蕾にも棘状のものがあり、あまり食欲の湧く見た目ではない。
「根っこを掘り起こすんだ」
「こいつは何だ?」
「山ごぼう」
 正しくはモリアザミという野草だった。根を『山ごぼう』と称して、漬物などにして食すのだ。もっとも今の吉澤たちにできるのは、適当に焼くことだけである。
 早速スコップを手に根を掘り始める。根は真下へ垂直に伸び、確かにゴボウを連想させる形だ。掘るのはあっという間だった。彼らは予科練で教育を受けた後、野辺山に来る前は土木工事ばかりやらされていたのだ。本来なら飛行訓練を受けねばならないのに、末期の日本海軍には新人を乗せる飛行機など残っていなかったのである。パイロットを夢見て予科練に入ったのに、やるのは防空壕を掘る土方仕事ばかり。予科練ではなくドカ練、などと皮肉を言ったものだ。
 三人組は次々に山ごぼうを掘り出し、今度は別のものを探し始めた。最初に発見したのは有島だった。
「なぁ。あの花、綺麗だな」
 彼が指差したのは雑木林の縁に咲く、大輪のユリの花だった。外側に反り返った白い花弁、その中央から赤い雄しべが六つ生えている。それが数本、転々と生えていた。ヤマユリという花で、根が食用になる。直ちに作業に取り掛かり、一人一個、ヤマユリの球根を掘り起こして確保した。鱗型の塊が複数固まったような形だ。色は黄色がかった白である。
「ニンニクみたいだ」
 有島がしげしげと眺めて言った。実際に同じユリ科の植物である。ついでに花も持ち帰ることにした。さすがに空想の花ばかりでは寂しい。
 近くに小川があったため、吉澤が食材を洗いに向かった。高原の水は真夏でも手が凍りそうなほど冷たい。ざっと洗い、ヤマナシの木の下へ戻ると、村上と有島が火を起こそうと試みていた。乾いた木の枝を集めて着火しようとするのだが、肝心のマッチになかなか火がつかない。物資不足のご時世のためマッチの頭が小さく、質も悪いときている。パッと燃え上がってもすぐに消えてしまう。多大な苦労の末、ようやく木の枝に火を移すことができた。

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