小説

『終戦花見』清水その字(古典落語『長屋の花見』)

 続いて、ヤマユリの根だ。扁球形の塊をそれぞれ一個を手にし、焦げた表面を手で削ぎ落とす。息を吹きかけて軽く冷まし、かぶりついた。
「おっ、美味い!」
「これは高級品だぜ」
 有島、村上が口々に絶賛した。吉澤もそのうま味に顔をほころばせる。ほのかに甘みのある球根はシャキシャキとした食感で、山ごぼう共々歯ごたえがあるため、満腹感も大きくなる。三人組は美味い美味いと言いながら、球根を前歯で削るようにして、少しずつ味わった。
「俺たち、これからどうなるんだろうな」
「まあ軍がなくなるから、それぞれ故郷に帰るんだろうけど」
 喋りながら、近くに生えていたカタバミを噛む。クローバーに似た雑草で、村上曰く「ケツが三つくっついたような」形をしている草だが、吉澤はこれに酸味があると知っていた。噛めば気休め程度の味付けになる。
「実家が遠い順に帰されるって聞いたなぁ」
 半分ほどになった球根を大事に食べながら、有島がぼんやりと言う。そうすると自分は隣の県出身だから、帰郷は後の方になるだろうと吉澤は予測した。村上は残ったヨモギ汁を眺めながら物思いにふけっていたが、やがて口を開く。
「俺は家に帰って、とりあえず親父と一緒に漁をするかなぁ。お前らも遊びに来いよ」
「落ち着いたら行くよ」
 吉澤は彼の手から瓶を奪い取ると、ヨモギ汁を火にぶちまけた。じゅっと音を立てて消火し、炭と水が混ざって黒い水たまりとなる。残り火がないよう、燃え残りの木の枝を念入りに踏みつけておく。
「もう一度、海を見たいしな。だから陸軍じゃなくて、海軍で飛行機乗りになろうとおもったんだ」
「おお、そうか」
 嬉しそうに笑いながら、球根を口に放り込む村上。よく噛んで味わいつつ話を続ける。
「お前の故郷も長野県と同じで、海無しだったな」
「いや、山梨……」
 三人組は笑いあう。その頭上では木の枝が、足元では三つの花が、風に揺られていた。

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