小説

『終戦花見』清水その字(古典落語『長屋の花見』)

 察しがついた。楽しそうにヨモギ汁を作る有島の横に、錆びたスコップと刃こぼれした鎌が置いてある。テント設営などに使った道具だ。終戦の報せ以降、教官たちは訓練生たちが自主的に食料を調達するのを黙認していた。村上もヨモギくらいは知っていたが、元々海育ちだ。食べられる野草に詳しい吉澤が頼りというわけである。
「マッチはあるか?」
「抜かりはない」
「分かった。ヤマユリでも探してみるか……有島、もうそのくらいで止めろよ」
 ヨモギ汁の中に木屑が混じり始めているのを見て、瓶から木の枝を引き抜かせた。惰性で渦を巻く、緑がかった水。これを飲んでどんな顔をしろと言うのか。吉澤はつくづく戦友の発想が分からなくなってきた。もっともこの二人の楽観主義に励まされ、今まで頑張ってこれた面も強い。
「それじゃ、景気良く行くぞ!」
 スコップ、鎌、ヨモギ汁の瓶。それとポケットに入ったマッチ箱が花見の持ち物だった。先頭に立つ村上がスコップを振り上げ、適当な節で歌い出した。
「わっしょい、わーっしょい、花見だ、花見だ! ……お前ら、合わせろ!」
「それ、花見だ、花見だ!」
「あはは、花見だ花見だ!」
 ヤケになって調子を合わせるつつ、残り二名が後へ続く。スコップを肩に担ぎ、瓶の中でヨモギ汁をチャポチャポ揺らしながら。途中で他の訓練生たちとすれ違ったが、皆苦笑して通り過ぎていった。「また村上か」という声も聞こえた。彼らは『火葬』をやった帰りのようで、全身に汗をかいている。戦争に負けた以上、グライダーや機密文書、訓練の教範などは敵に渡さないよう焼却処分することになった。どれも数が多いので、火葬には数日かかると思われる。
「わっしょい、わーっしょい、夜逃げだ、夜逃げだ!」
「それ、夜逃……おい、馬鹿なこん言っちょし」
 吉澤は慌てて花見隊長を取り押さえた。軍隊では方言を禁止されていたが、思わず言い慣れた言葉でたしなめてしまう。戦争に負けたからこそ花見程度なら勘弁してもらえるだろうが、冗談であっても夜逃げだなどと聞かれれば脱走の罪に問われかねない。まだ彼らは軍人の端くれなのだ。村上もそれに気づいたようで、わざとらしく頭を掻く。
「すまんすまん。落語じゃそう言ってたもんだから」

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