小説

『終戦花見』清水その字(古典落語『長屋の花見』)

「もう酔うのはその辺でいいから、歌でも歌おうじゃないか」
「お~、それもそうだなぁ」
 瓶を置いて、一つ咳払い。喉の調子を整え、ヨモギの欠片が唇についたまま、花見隊長は高らかに「我は官軍、我が敵は……」と歌いだした。声はなかなか良いが、吉澤は選曲に難があるように感じた。
「お前、『抜刀隊』は陸軍の歌じゃないか。俺たちは海軍……」
「あんだとぉ? 野辺山で海軍の歌なんかやって、どうしようってんだぁ。ここは野辺山、長野県だぞぉ。海無し県の山の中……ヒック」
「とりあえず酔いを覚ませ!」
 再び絡んでくる村上を引き剥がしつつ、食材の焼け具合を見る。山ごぼうはもう少しで食べられそうだった。ヤマユリの根は表面が少し焦げてきたが、まだいくらか時間がかかるかもしれない。木の枝で球根を転がしていると、今度は有島が歌い始めた。
「長い予科練いとまを告げて 着いたところが憧れの~」
「赤いトンボが西条の空を 今日も飛ぶ飛ぶ 飛行隊」
 村上が合わせて歌い始めた。吉澤も後に続く。『飛練節』と呼ばれる、予科練出身者の間で歌われた曲だ。誰が作ったのかは分からない。教官が歌っているのを聞いて覚えたのだ。
 憧れの飛行機乗りになったぞ、という歌詞だが、歌われるようになったのは昭和二十年になってから。精強を誇った海軍航空隊は見る影もないほど弱体化していた。現に飛行機乗りを目指して予科練に入った吉澤たちも、飛行機がないという理由で土方仕事に従事させられた挙句、やっと乗れたのがグライダーのみ。飛行機がもうないなら何で志願者を募るのかと、防空壕を掘りながら思ったものだ。
「総員起こしは五時半でござる 起こし終われば飛行機出し」
「寒いからとてエナシャを回しゃ」
「回し終われば コンタクト」
 一度エンジン付きの飛行機に乗ってみたかった。せめて『赤トンボ』と呼ばれる練習機くらいには。コンタクトと叫んでエンジンを始動したかった。宙返りをしてみたかった。そんな夢ももはや叶うことはないだろう。日本人が二度と飛行機に乗れなくなる可能性すらあるのだから。
「コンタク終わってデッキの掃除 掃除終わって飯用意」
「飯の盛り方押さえが足りぬ」
「今朝のミルクは まだ来ない」
 しかし、もし飛行機に乗れていたら。吉澤は考えた。

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