茜の鋭く短い叫びは稔を黙らせるのに充分だった。
「だってお母さんだと思ったんだもん!」
ショックだった。心が身体ごと激しく揺さぶられ吐きそうだった。
「だから他のこと見ないふりして自分が嬉しい方信じちゃったの! だけどね、今日夕食も持っていってみたの。そしたらいつの間にか寝ちゃってて、起きたらまたご飯なくなってた。信じられる? その場にいたのになくなったんだよ?」
「茜」
「誰もいないのにピアノが鳴ったの。私の質問に答えるみたいに。昔お母さんがしてくれてたみたいに」
「茜!」
「私のせい? 彩が死んじゃったのって私のせい? 強引にでもお父さんが帰ってくるまで彩のこと引き止めておけばこんな事にはならなかったんだよね? 私のせいだよね?」
稔は茜を強く抱き寄せ、頭を撫でた。こんなふうに娘に触れるのは何年ぶりだろう? 稔はそんな事を思って泣きたくなった。抱きしめた腕の余りの無さに、娘の成長を感じた。
「おまえは何も悪くない。おまえに寂しい想いさせっぱなしだった俺のせいだ。俺がちゃんと話をきいてればよかった。俺のせいだよ」
稔は高田に電話で状況を説明すると、もう一度茜を見た。まっすぐに稔を見るその目は、四歳の頃と変わらない。
茜
稔が出て行ってから三分程経ったとき、大きな物音が響いた。経験的にピアノの部屋からだと分った。もう一度大きな音が響き、稔の叫び声が聴こえて茜は二階に駆け上がった。
ピアノの部屋では稔が苦悶の表情で背を丸めて立っていた。稔のこんな顔を見るのは初めてで怖かった。部屋には稔以外誰もいないようだった。
「大丈夫?」
稔が茜を見た瞬間、稔は首の後ろを押さえ床に崩れ落ちた。
「え? お父さんっ」
茜が部屋に駆け込むと、稔の足が浮き、身体が床の上を回転して部屋の外へ滑っていった。茜が反射的に追いかけようとした瞬間、強い衝撃を肩に受けた。気づいた時にはもう床に背中から落下していて、落下の衝撃を感じたのはその一秒後だった。