小説

『おじいちゃんと桃』ナガシマルリ(『桃太郎』)

 チリンチリン。
 コンビニで買ったアイスを食べながら歩いていた。生ぬるい風のせいで、アイスはすぐに溶け出してしまう。
「あ、たれてる」「ヤバッ、スカートついた!」「うわ!汚い」「あんたもたれてるって」
 そんなことで大騒ぎながら歩いていると、後ろから自転車のベルの音がする。慌てて道をあけたのはあたしだけだった。みんなはまだアイスがどうのこうのと賑やかだ。
 ベルを鳴らしたのはどこにでもいる普通のおじいちゃんで、これまたどこにでもありそうな銀色のママチャリに乗っていた。後続の自転車がないことを確認してからみんなの輪に戻る。
「それでさ、その子がさ、」「え、それさっきの子でしょ?」「そうそう、」
 会話に入りそびれてふと前に目をやると、おじいちゃんの自転車の荷台が見えた
「!?」
 大きな桃だった。
 後ろの荷台に紐で直接縛られているピンク色のそれは、信じられないくらい巨大な、桃だ。ガタガタと自転車が揺れるたびに落ちそうになっている。おじいちゃんはそんなギリギリの桃には目もくれず、前だけを見て自転車をこいでいる。
「えっ、ちょっとあれ、」
 空気も読まずにいきなり話しかけると、私の妙な様子に気がついて、みんな一斉に同じ方向を見る。けれど、その直前におじいちゃんは角を曲がってしまったようで、またどこかで鳴らされたベルの音が遠くで聞こえただけだった。
 我に返った頃には全く意味のわからない話がオチをむかえていて、私はみんなと一緒に手を叩いて笑った。

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