小説

『ウルトラマリンの夜』眞中まり(『銀河鉄道の夜』)

 がたん、と揺れた列車の外は世界中の綺麗な青色だけを集めたみたいにほのかな星明かりに満ちている。はめ込まれた丸い硝子窓は触れるとひんやりと冷たくて、夜の中に閉じ込められながら泳いでいるみたいだった。やわらかなヴェール。きらめきの砂。凪ぐように無音。列車はひた走っていく。そっと誰かの髪をなでるみたいに目を閉じたら、瞼の裏で漠然とした寂しさが揺れた。
「せんせい」
 窓は開かないけれど外の景色が見たいから窓際に座るのが癖になっている。少し離れた席に腰を下ろしている先生は、なんだ、といつもどおりくたびれた声で言った。
「この列車、どこまで走るんでしょうか」
「終点に着くまで、じゃないか。たぶん」
「あとどのくらいですか?」
「……悪いな。俺にもわからん」
 先生なのに、先生が『わからない』と答えるのは初めてだ。膝の上で重ねた両手で制服のスカートの裾をそっと直す。アイロンをかけたばかりみたいにしわひとつない布地。

 
 先生は何か焦燥感にかられているようだった。眉根を寄せて、じっと何かを考えている姿をよく見る。わたしはというとただ窓の外に灯った星々をぼんやりと見やって、走っていく列車の振動に身を任せながら時を過ごしている。
 どのくらい走っているのかわからないくらいには長く長くこの景色を見ている気がするし、光のひとつひとつのきらめきは残像のように目の奥に焼きついていた。遠い。恒久とか永遠とか、そういうものがあるのだとしたらあの青色はその向こう側みたいだ。
「なあ。戻りたいか、お前」
 戻る方法があるのかどうか、それは口にせずに先生はわたしに尋ねてくる。
 わたしは首を横に振る。先生は詰めていた息を吐くように、そうか、とだけ答えた。
「……すまないと思っている。こんなものに突然乗せてしまってな」
「ううん、平気です先生」
 窓硝子にわたしと先生の横顔が映っている。ひとつ透明な板を隔てた分、わたしと先生がその青い光と混じり合うことはない。

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