小説

『シェーベ』中村崇(『透明人間』H・G・ウエルズ)

     稔

 茜と向かい合ってテーブルについたもののどうすればいいか分らなかった。茜は下を向いたきり顔を上げない。目が充血している。
 高田から電話で彩と家族が惨殺されたと報告を受けた。玄関先には例の青い自転車が乗り棄てられていたという。現場に直行したものの、茜のそばにいてやれと追い返されたのだった。そして今茜に残酷な真実を告げ、何を話せばいいのか分らずただ座っている。耐えきれず立ち上がると、茜は稔を見上げた。
「何か飲むか?」
「いらない」
 台所に入ると食器干し棚が目に入った。2セット分の食器が干されている。
「さっき、ピアノの部屋に食器あったけど、おまえが食べたのか?」
 茜は首を横にふる。
「誰が食べた?」
「ねぇ、うちって仏壇ないでしょ? お母さん暇があるといつもあの部屋にいたからお供え物するならあそこかなって思ったんだよね」
「茜?」
「朝もそんな事してたら彩が迎えにきてくれたの。一緒に学校いこって。それで私そのままにして家でちゃったんだ。窓開けたまま」
 稔は言葉を発したかったが堪えるべきだと思った。口を開けば叱責してしまう。
「帰ってきてみたら、ご飯なくなってた。すぐ気づいたよ、窓開けっ放しだったって。家中見て回って、彩がきてくれて、あんなところから入れないよって言われて。そうだよなって納得ちゃった」
 立っていられず、その場に座り込むと、顔を両手で覆った。何度も両手で顔をごしごしと擦る。なんとか立ち上がる。
「この家の中に彩ちゃんを殺した犯人がいるかも知れない」
「え?」
「俺の鍵がなくなってる。多分そのとき盗まれたんだ。家を見て回る時、全部一度に調べたか?」
「この部屋は見てないけど、だけど彩と外で待ち合わせした後にここで一緒にテレビ見た」
「その間に移動できる。何故きかれるまで黙ってた。犯人はうちから彩ちゃんの家までつけていったんだよっ。おまえはそいつに飯を食わせてたんだぞ? 何でもっと早くに教えてくれなかった!」
「だって!」

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