小説

『シェーベ』中村崇(『透明人間』H・G・ウエルズ)

「え、だって窓開いてたんでしょ?」
「うん。ピアノの部屋」
「ピアノの部屋? ピアノの部屋って、あの部屋でしょ?」
「そう、今日帰って来たら窓が開いてて」
「無理でしょ。あそこによじ上って中に入るのは無理だよ」
 言われて、茜ははじめて気づいた。全身に疲れがドッとくる。
「だよね。目立ちすぎるよね」
「ていうか人間じゃ無理だよ」
 冷静になれば分る事だった。思わず笑い声が零れる。彩も安心したように一緒に笑った。
 しばらく笑い合ったあと家に入って彩に従いニュースにチャンネルをあわせた。政治に関するニュースが終わると、アナウンサーが次のニュースを読み上げた。
 隣町で起きた一家惨殺事件についてだった。学校でもこの話題で持ち切りだった。五日間音信不通だった一家が殺害されていたのを近所の人が発見したとのことで、珍しくカーテンが開いていることに気づいて覗いてみると、一家全員が死んでいたというものだった。犯人は逮捕されておらず、玄関に鍵がかかっていた事から、鍵をかけて出て行ったと予想されていた。逃走の際、一家の息子の自転車を使用したとの事だった。映像にアナウンサーの声がかぶさる。
「自転車は青い三段変速のもので、事件前後、現場近くでこの自転車に乗った人物を目撃したのもはおらず、同本部は広く情報提供を呼びかけております。情報を提供される際は――」
 映し出された自転車は、たしかに放置自転車と同じようだった。
「ね、お父さんに電話してみた方がいいよ」
「うん」
 稔は珍しく2コール目で出た。
「あ、お父さん? 今大丈夫?」
 稔が答える前に、彩の携帯電話が鳴った。彩が話し始めるのを眺めながら稔に事情を説明しようとすると、帰りの電車内とのことで切られてしまった。彩もすでに通話を終えており、茜の電話が終わるのを待っていた。
「お父さんなんだって?」

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