小説

『蜜柑伯父さん』吉岡幸一(『こぶとりじいさん』)

 そんなある日、身なりのよいお婆さんが訪ねてきました。これまで伯父さんから何度も蜜柑を貰ったことのある人でしたので、たまに手伝っていた私も顔は知っていました。変な蜜柑を配った、というクレームかと最初は思いましたが違いました。
「孫にはこちらの蜜柑がどうしても必要なのです。どうか譲ってください」
 お婆さんは深々と頭をさげて言いました。
 玄関先で応対した私はいつも通りに断りました。しかしお婆さんは諦めてくれませんでした。何度も頭をさげて頼んできたのです。お婆さんの顔には悪意も、蔑みもありませんでした。ただ純粋に伯父さんの蜜柑を欲しがっているようでした。
 可哀想に思った私は理由を詳しく尋ねてみました。
 お婆さんが話したところによると、お孫さんが重い病気で(どういう病気なのかまでは聞けませんでした)伯父さんの蜜柑を食べさせたところ回復してきたというのです。たまたまなのかもしれませんが、お婆さんは蜜柑の力を信じきっていました。
 地面に頭を擦り付けるほど頭を下げ続けるお婆さんを、追い返すようなまねは私には出来ませんでした。すっかり困り果てていると、部屋に隠れていた伯父さんが出てきました。見せたくはないはずなのに、両頬に見事な蜜柑が生ったままの姿で現われたのです。
「どうぞ、これを……」
 その場で伯父さんは右と左の頬から蜜柑をもぎ取ると、お婆さんに渡しました。
「ありがとうございます。この蜜柑さえあれば必ず孫の病気は治ります」

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