小説

『神さまなんて信じない』さくらぎこう(『わらしべ長者』)

 毎日うだる様な暑い日が続いている。アパートのクーラーは夏になってから使っていない。高い電気代を払いたくないからだ。
 あまりにも暑い日が続くと思考が止まる。もうどうでもいいやという気持ちになる。
 僕はアパートの近くにある寂れた神社に行くのが日課になった。
 神社の木陰にいると心地の良い風が吹き抜ける。クーラーよりずっと気持ちが良いのだ。そして何より、ここには人が来ない。昼寝をしていても誰にも咎められることはなかった。
 今日は朝から何も食べていない。クークーと鳴る腹を押さえ、ポケットを探ると5円玉が一個でてきた。5円では何も買えない。ほんとうに何も買えない金額なのだと思い知ると無性に悲しくなり涙がこぼれて来た。
 どうせ何も買えないのだからと5円玉を賽銭箱に投げ入れた。
 生まれて初めての参拝だった。
 パンパンと合わせた手の音が静寂の中に広がった。
「呼んだ?」
 突然、神殿の扉が開きホームレスが顔を出した。ここに住み着いている人がいたのだ。
 僕は驚いた拍子に尻もちをつき口を開けてホームレスの男を見上げていた。
「願い事って何?」
 ホームレスの男は、賽銭5円を入れての願い事は何かと訊いてきたのだ。僕は答えるのを躊躇った。この男に自分の恥をさらしてもどうにもならない。
「1つだけ叶えてやるよ」
 男は、慎重に考えろ叶えてやるのは1個だけだと念を押した。
 僕は馬鹿馬鹿しいと思ったが「じゃあ、当選の宝くじ券」と不貞腐れた顔で答えた。この男から早く離れたかった。
「ここを左に行くと宝くじ売り場があるから、そこで宝くじを1枚だけ買って」
 いやいやいや、5円しかないから賽銭箱に入れたのに、宝くじを買う金なんてない。これ以上この男に関わっていたくない。ここでの昼寝はもう諦めなければならないのかと思うと腹立たしさがこみ上げた。
 急ぎ神社を出た。50mほど行くと本当に宝くじ売り場があった。あのホームレスはここで当てたことでもあるのだろうか。
 無意識のうちにポケットを探っていた。金が入っているはずはなかった。

 

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