小説

『神さまなんて信じない』さくらぎこう(『わらしべ長者』)

「孝明! 孝明じゃないか」
 突然後ろから声を掛けられた。田舎の同級生、真也が立っていた。いちばん惨めな姿を見せたく無い相手だった。僕は返事もほどほどに立ち去ろうとした。
「一緒に飯でも食わないか、奢るよ」
 その瞬間、クーと腹がなった。まさしく背に腹は代えられなかった。
 二人で近くの中華屋へ入った。
 出張でこっちへ来たと言っていた真也だが
「実は、東京へ行くなら、とおまえのオヤジさんに頼まれたんだ」
 真也は茶封筒を僕に渡した。
「心配してたぞ、帰って来てもいいぞって」
 僕は、口いっぱいに頬張っていたラーメンの麺を咥えたまま、ぼろぼろと涙を流した。全部お見通しだった。

 真也と別れ、僕はすぐに茶封筒を開けた。1万円札が1枚入っていた。これでは滞納した家賃も払えない。オヤジらしいと言えばオヤジらしい。この1万円で出来ることと言ったら、故郷へ帰る片道切符を買うことぐらいだ。
「流した涙を返せ!」
 コンビニに寄ってスマホの通信料を払った。これが使えなくなったら、もう生きていることはできない。
手元に残った数枚の千円札と小銭をポケットに入れた。
 再び宝くじ売り場の前を通った。残っている金で宝くじは8枚買えるがホームレスの男の言葉を思い出した。信じていないはずなのに、300円をトレーに入れて「1枚ください」と言っていた。
 残った金でバイトの給料日まで食いつないでいかなければならない。
 僕はバイトのシフトを増やしてもらうよう申し入れをしていた。休みは無くなるが昼寝やパチンコに使っていた時間を仕事に充てようと思ったのだ。どうせもうあの神社で昼寝は出来ないのだから。
 不動産屋には引っ越しの費用が溜まるまで、もう少しの猶予を頼み込んだ。渋々だったが、踏み倒されるよりはいいと判断したようだ。

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