小説

『神さまなんて信じない』さくらぎこう(『わらしべ長者』)

 正直、僕も彼女が戻って来るとは思っていない。あの頃の僕は社会をなめていた。好きなことを好きな時にして何が悪い。仕事なんて食える程度に稼げればいいし、正社員になって会社のために働くなんて嫌だと豪語していた。
 そしてバイト生活が続き自分の生活レベルは友人以下で、給与は彼女のより低いと知った時、僕はまた強がりを言った。
「会社の社畜になるなんて、馬鹿がすること」
 あのときの彼女の顔を今でも思い出す。心底愛想が尽きたという表情だった。だから今さら彼女が戻って来るとは思えなかったのだ。
 でもここで人生を諦めたくなかった。彼女の存在は僕にとって大事なもので一緒にいるだけで心が安らいだのだ。
 あああ、何て言うことだ。僕はどれほど大事なものを手放してしまったのだろう。二度と手に入れられないものを簡単に手放してしまった。

 
「ほんと助かるよ。シフト入ってくれて」
 店長の機嫌がいい。最近の僕は頼まれればシフトに入るし、休みも欲しがらないからだ。以前はバイトがない時間はパチンコに行っていた。結果持ち金が少なくなると決まっていたのに止められなかった。暇があるとろくなことがない。
 飲食店のバイトなので賄いが出る。つまり食うことには困らないのだ。シフトが増えた分、賄にありつける機会も増えていった。その上給与が増えたのだからこんなに良いことはなかった。
「最近何かいいことあった?」
 店長がニヤニヤしながら言った。
「何がですか、別に何もないですよ」
「顔が変わって来たよ。いい顔になってきた」
 顔は変わらないんですけどね。今までは人相が悪かったってことか。でも良くなったと言われて悪い気はしない。

 
「いらっしゃいませ。空いてるお席にどうぞ」
「あれ、孝明、孝明だよね!」
 彼女が男と食べに来た。
「おう久しぶり、元気そうだね」
 僕の胸はどきどきと鳴っているが、平静を装い注文を取った。
 そうだよな、あれから彼氏ができないなんてあり得ない。ちょっとでも期待した僕が馬鹿だった。

 今日の勤務は長く感じた。疲れがどっと出る。
 バイトが終わりスマホを見ると、彼女からショートメールが届いていた。電話番号は消去しなかったようだ。それだけで嬉しかった。
「孝明も元気そうだね。いい顔してたよ。今日は彼氏と別れ話に行った」
 疲れが一気に飛んで行った。ありがとう。神社のおっさん神様。

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