「ママ、はやくぅ」
「ウチも電車遅れちゃう、それに」
助手席からも不機嫌そうな声がする。その後
「また×××っちゃうよ」と聞こえた気がしたが、はっきりとは聞き取れなかった。
制服姿の女子高校生だろうか、手に持ったスマートフォンからは目を離そうとしないが、口元を尖らせている。
「待ってよね、もうひとつ選ぶからさぁ」
イチゴの箱の前で茶髪が揺れる。
「これは少し古そうだし……」
「あのさ」
営業マンがついに声を出した。
「さっき出たばかりだからどれも新鮮だと思うけど」
「はぁ?」
女が顔を上げた。臨戦態勢だ。
「消費者には選ぶ権利があると思うんだケド?」
「ちょっとさ」
男が腕時計に目を走らせる。「今からシゴトなんで先に選ばせてもらえない? 元々来たのコッチが先だし」
ちらりと俺の方にも威嚇的な視線を向ける。少しカチンとは来たが、俺はもとより売れ残りでも構わない。それに早く帰りたいのでとりあえず同意を示すように軽く半歩退いた。
「ママぁ」
ややおびえたような男児の声がかぶる。女は口を引き結び、いったん車のドアを開けたが
「でももうひとつどうしても買うからね」
と言い捨て、先に持っていたパックを後ろの子どもに手渡していた。
「今食べないでよ、横に置いといて、そうそう……って何アンタ」
最後のことばは、次に木箱前に陣取った男に向けられた。
俺もあぜんと見守る。なんと彼は、女が少し身を引いたわずかな合間に車に取って返し、助手席から浅めのフードコンテナを持ち出してきていたからだ。
それでもイチゴのパックならばずらりと並べて十個は入るだろう。
「アンタ買い占めるつもり?」
女の声が裏返る。男は次々とイチゴパックを取り出しながら平然と答える。
「いやね、うちの会社の子たちから頼まれてて、だからさ」