小説

『イチゴ沼』柿ノ木コジロー(『おいてけ堀』(東京))

 ハンドルにもたれかかった状態で気がついた。
 顔を上げると、あまりの明るさに俺は目をしばたかせる。
 フロントガラスは、今度は白い細かい砂粒に覆われている。
 エンジンは止まってしまったようだ。
 何度かドアを開け閉めするが、砂に邪魔されている。しまいには思いきり蹴り飛ばしてドアを開けた。
 俺はおそるおそる外に出て、砂ぼこりが収まった時あたりを見渡した。
 砂漠だ。空と地平の境がはっきりせず、どこもかしこも白々とまぶしいくらいだった。
 少し先に軽自動車が前のめりに砂に突っ込んでいるのが分かった。どこもかしこも砂にまみれ、安倍川もちじみている。
 後ろを振り返ると、そこには白いバンが、これも砂まみれで横転している。
 運転手は無事だったらしく、すでに外に出て車から離れた場所に立ち、どこかに電話しようとしていた。
「もしもし? もしもし? 聞こえますか?」
 俺も場所を確認しようと、車から携帯を取り出そうとした、だが携帯は置いてあった助手席からすでにどこかに吹っ飛ばされていた。
 突然、前の車のフロントガラスが勢いよく吹っ飛び、まず、茶髪の女が飛び出した。彼女は髪を振り乱して助手席側に回り、持っていたバールで窓を割り、少女を無理やり引っ張り出した。
「起きて!」
 ようやく少女が気づいたらしい。女は次に後ろの窓を割って腕を突っ込み、後部座席の少年を抱えて砂の上に下ろした。
 俺は近づいて声をかけようとした。が、女は少女に何か説明するのに一生懸命で気づいた様子はない。声が漏れ聞こえてきた。
「……前は上手く行ったんだから、今度も大丈夫。まず、このバール持って、バカ、スマホは捨てる」
 男の子は近づいてきた俺にちらりと視線を向け、不安げに母の袖をつかむ。
「ようくんは、おねえちゃんのいう事ちゃんと聞いて、で、ママが走れって言ったら走るんだよ、」
「ママ……」

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