小説

『憑きびと』コジロム(『死神』)

証拠はない。
でも、もし殺していないのであれば、「おばあちゃん、どこか痛いの?」という言葉にあんなに驚いたりはしないと思うのだ。

驚いたという点ではぼくも同じだ。
まさか近所のおじさんが自分の母親を殺して、そのあと何食わぬ顔をして捜索願を出していたなんて、夢にも思っていなかったのだから。
これからはよっぽど気をつけないといけない。いちど人を殺した人というのは、次はもっと簡単に殺すような気がするから。
ぼくは両親に言われたことを守るつもりだった。
でも、この誓いが取り返しのつかない結果を生むことになるとは、その時は思いもしなかった。

小学6年のとき、ぼくはとなり町の塾に通っていた。
そこに、ぼくとは別の小学校から来ている、ちょっと可愛い女の子がいた。
おとなしそうな子で、名前は山下鈴香さんと言った。
ぼくは照れくさくて口もきけなかったけれど、山下さんと会えるのが楽しみだった。

ある日、授業始まりのチャイムが鳴り、先生と、つづいて山下さんが入ってきた。
山下さんの顔は青白かった。そしてうつむいていた。
先生は何事もなかったかのように授業を始めた。
他の生徒も、山下さんなどそこにいないかのような感じで、先生のほうに顔を向けている。
山下さんは教壇の横に立ったままなのに。

ぼくの心臓はいきなり速くなり出した。
山下さんが先生に殺された──。
ぼくは金しばりにかかったように動けなくなった。
ぼくは山下さんの顔も、先生の顔もまともに見ることができなくて、ずっとうつむいていた。
そのうちにぼくの体はふるえ始めた。とめようと思うのに、体がいうことを聞いてくれない。
となりの子がぼくの異変に気づいた。教室中の注目がぼくに集まった。
風邪か、と先生が聞いたような気がする。
ぼくは反射的に首を横に振ったが、本当は一刻もはやく帰りたかった。
このままここにいたら、ぼくが感づいたことを、先生に感づかれ、ぼくまで殺されてしまう。
そんな考えが頭をよぎってしまったのだ。
ふるえはその後も止まらなかった。けっきょくぼくは早退した。
教室を出るとき、誘惑に抗いきれなくなり、そっと山下さんのほうをうかがい見た。
山下さんは顔だけをこちらに向けて、ぼくをじっと見つめていた。
なぜかものすごい罪悪感がおそってきた。ぼくは逃げるように家に帰った。

あとで分かったことだが、山下さんは前日、塾へ行ったまま帰ってこず、家族の方が警察に捜索願を出していたそうだ。
ぼくが塾を早退した日も、山下さんは帰ってこなかった。
次の日、山下さんは山の中で死体となって発見された。

塾の先生はすぐに捕まった。以前から山下さんをストーカーしたり、メールをしつこく送りつけたりしていて、山下さんはご両親に塾を辞めたいと申し出ていたそうだ。

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