小説

『憑きびと』コジロム(『死神』)

「なぜ見殺しにしたの」
ぼくは一瞬動揺するけれど、何も聞こえなかったふりをして、山下さんに土をかけ続ける。
ぼくを責めつづける山下さんの声はだんだんくぐもっていき、やがて聞こえなくなる。
ぼくはシャベルの背で土を固める。念入りに何度も、何度も。山下さんが二度と出てこられないように。
土をならし、その上に枯れ葉や雑草をまきちらし、掘った形跡をカムフラージュする。
地面に刻みこんだ、醜くいびつな継ぎ目を隠そうと、山下さんが埋まっているその上を、四つん這いになって必死で撫で回しつづける。

そこでぼくは目を覚ます。
起きても、今のが夢だったとはぜんぜん思えない。
はやくあの山に行って、死体をもっと安全なところへ移し変えなければ、とあせる。
そのうち、これが夢だったらどんなにいいかと思う。
埋めた場所も忘れてしまえたらどんなにいいか。今はダムになってもう水の底にあったらどんなに……。
いっそのこと、そう信じ込んでしまえ。
そこまで考えてようやく、ぼくは山になど行かなかったということに思い当たる。

下着は汗びっしょりになっている。
のろのろと起き出して着替えながら、さっきのが夢で本当によかったと思う。
よかったと思ってしまう自分がみじめでしかたがない。

中学ではとにかく目立たないことだけを心がけた。
変人あつかいする奴もいたけれど、あまり気にならない。
将来のことが決まっているというのは、そういう面では楽だ。中学はただの通過点に過ぎないと思えるから。
高校は、通信制にしたいと両親に告げた。
そして将来、警察官になろうと思っていることも。
ぼくの忌まわしい能力を知っている両親は、とくに反対しなかった。

「『死神』の現代版だな」と父が言った。
何のことかと聞くと、落語に似たような話があるのだそうだ。
ある男が死神の姿を見ることができる能力を授かる。
その能力を利用して、いっときは金を儲ける。
しかし図に乗り、ルールを悪用して、最後には不幸になるそうだ。
演じる落語家によって、サゲ(落語用語で『オチ』のこと)は何種類かあるらしい。

「ま、お前は世の中のためを考えて進路を決めたんだろうから『死神』じゃなくて『生き神』だけどな」
と、フォローにもならないようなことを、父は付け足した。

そして今、中学生活最後の夏休みを迎えている。が、何の感激もない。

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