小説

『憑きびと』コジロム(『死神』)

まさか日本に被害は出ていないよな、と思いつくままにワードを入れてはググりまくってみる。
「日本 ミサイル」「日本 攻撃」「日本 核爆弾」「隣国 宣戦布告」……。
さいわい国内では異変は起きていないようだ。
有名なポータルサイトのトップページの主なトピックも、すべて隣国のものだった。

ぼくはダイニングに戻った。
「何よ。さっきからそうぞうしいわねえ」
ぼくは台所に行き、水を一杯飲んだ。
明かり取りの向こうは晴天のようだ。
ぼくの家はマンションの5階にあるので、大きい窓は居間にしかない。
外の空気にふれたくなって居間からベランダに出てみた。
青空が広がっている。何だかとなりの国の人に申しわけないくらいのいい天気だ。
平和な国に生まれてよかった。と思って下の道路をのぞき見て、愕然とした。
平日なのに、まるで祭りでもやっているかのように、多くの人が出歩いている。
それも賑わっているというかんじでは全然なく、ただ静かに歩いているのだ。死者が黄泉の国へ巡礼するように。
おそらくこの人たちは海を渡り、隣国の「元」党首のところへ「憑き」に向うのだろう。

「母さん!」ぼくは叫んだ。
「何よ、どうしたのよ、大きな声出して」
「はやくここを出よう。すぐ支度して」
「いったいなんだってのよ」
「とにかく大変なんだって。ここにもミサイルかなにか分からないけど、飛んでくるかも知れない。だから早く!」
「行くって、どこに?」
「どこって……、とにかくあっち方面」ぼくは人々が向かっている反対方向を指さした。
「わかったって。行くけど、ひとまず落ちつきなさいよ。まず一体何があったか……」
母がとつぜん電池が切れたように動かなくなった。
「母さん?」
ぼくは母に駆け寄り、肩を揺すぶった。
「母さん! 母さん!」
母の目は何も見ていなかった。
母の表情は、まるで何もかもをあきらめてしまった人のようだった。
母はゆっくりとうつむき、肩を落とし、玄関に向かってとぼとぼと歩き出した。
「母さん!」
玄関のドアは閉まっている。
母はドアに頭をあずけるような姿勢で止まったまま動かなくなった。おそらく誰かがドアを開けるまでずっとこうして待ち続けるのだろう。ぼくの目から涙がこぼれてきた。このドアは決して開けちゃいけない。開けるもんか。開けたら母は二度と戻ってこない。
ぼくはあふれ続ける涙をぬぐいもせずに部屋に戻った。とにかく誰かに知らせなければ。
おそらく、これから大変なことが、日本国内でも起こる。数時間後か、十数時間後かは分からないけれど、日本にも大変な被害が発生する。

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