小説

『憑きびと』コジロム(『死神』)

事件はもちろんニュースで大々的に取り上げられた。
「まさかおまえの通ってる塾でなあ。ひでえことするよなあ」
夕食のとき、父がテレビを観ながら神妙につぶやいた。
「残された親御さんがかわいそうよ。悔やんでも悔やみきれないでしょうねえ」
母はハンカチを鼻に当てていた。
そのときキャスターがおかしなことを言った。
「鈴香さんが殺害されたのは前日の23時頃とみられ──」
ちがう、とぼくは思わず声に出していた。
何が違うのか、と両親に問いただされたが、ぼくはあわててごまかした。
テレビは次の話題に移っていった。
ちがう、ぜったいにちがう。だって山下さんは夕方、ぼくの目の前に現れたじゃないか。
ということは山下さんは、あのときすでに殺されていたはずなのだ。

「この国も終わったな」父がしゃべっていた。
隣国の党首が、また日本に向けてミサイル実験を断行し、それが日本の領域内に落ちたらしい。
「いやだわ。このところ立て続けじゃない」
「転覆寸前の悪あがきさ。もう政権を明け渡して、民主化するしかねえだろ」
「ちょっと。ひと事みたいに言わないでよ。距離的にここ近いんだから」
「どうせポーズだって。やったら終わりだってことぐらい知ってるさ。いくら何でもそこまでバカじゃねえだろう」

山下さんのことなどもう頭の中にないのか。山下さんよりそんな国のほうが大事なのか。
ぼくは少しムッとして箸を置き、ダイニングをあとにした。

自分の部屋に戻り、ベッドに寝転がって考えた。
もしテレビが言っていた23時という死亡推定時刻が正しいとすると、ぼくが塾で山下さんを見た17時ごろ、彼女はまだ生きていたことになる。
塾が終わったあと先生はいったん自宅に戻り、監禁していた山下さんを車に乗せ、山まで行き、殺して埋めた。テレビはそう言っていた。
ではいったい、ぼくが塾で見た山下さんは、殺される運命にあった山下さんなのか、それとも生きることをあきらめてしまった山下さんなのか。
それは分からないけれども、とにかく彼女はあのときまだ生きていた可能性がある。
それから数日間、ぼくはテレビや新聞、図書館のインターネットなどで、事件に関する情報を集めまくった。

山下さんの死亡推定時刻は間違っていなかった。殺害の3時間ほど前、先生はコンビニエンスストアに寄っていて、店員が、車の中にいた小学生らしい子を目撃している。
ぼくは愕然とした。
取り返しのつかないことをしてしまった。
ぼくが、ただボケッと座っていたから、山下さんは殺されてしまった。

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