小説

『憑きびと』コジロム(『死神』)

うちに帰ったあと、何もせずにただ震えていたから、山下さんは殺されてしまった。
もしぼくが警察に電話の一本でもかけていれば、山下さんは助かっていたかも知れない。

山下さんはどんな思いで最期の時を過ごしたのだろう。
きっと誰かが助けに来てくれると、希望を捨てなかったことだろう。
その思いがあったからこそ、塾に姿を現わしたのではなかったか。
山下さんと目が合ったとき、ぼくのほうからも山下さんが見えていたことに、彼女は気づいたはずだ。
そして望みを抱いたはずだ。きっと誰かに連絡してくれると。
なのにぼくは何もしなかった。
山下さんが死んだのは、ぼくの責任だ。

しかし、それが分かったからといって、どうすればいいのか。
「憑きびと」を見かけるたびに、警察に電話すればいいのか。相手にされないのは目に見えている。
(今まで『霊』と呼んできたものを、ここからは『憑きびと』と呼ぶことにする。まだ『霊』じゃない人もいるはずだから。あのときの山下さんのように)

あとになって思うと、何かやりようはあったかも知れない。
でも当時のぼくは何も考えつけなかった。
それでじつに情けない話だが、当分は「憑きびと」を無視することに決めた。とにかく大人になるまでは。

ぼくは高校を卒業したら警察官になる。それがぼくなりの罪ほろぼしであり、宿命だという気がするから。というか、そうとでも思っていないと、中学、高校へなど通っていられない。そこまで心を決めて、ようやく少し気持ちが落ちついた。

中学の入学式はすこし緊張した。
生徒の親たちはともかく、先生がたの中に「憑きびと」をしょっている人がいたらちょっとやっかいだと思ったからだ。さいわい、取り越し苦労に終わった。

部活はいろいろ考えた末、美術部に決めた。
絵にはとくに興味がない、というかまるっきり下手だ。でもこれも将来のため、やっておかないといけない。
「憑きびと」の顔を描ければ、警察になってから係わるであろう殺人事件の解決の手がかりになるはずだ。

山下さんの夢を、今も見る。
それも、なぜかぼくと先生がいっしょになって山下さんの死体を埋めている夢だ。
もっとくわしく言うと、先生がぼくに命令をして穴を掘らせているのだ。
ぼくは泣きながらシャベルで穴を掘り続けている。
人ひとりぶんの穴を掘ったところで、先生と二人で山下さんをかつぎ、穴に横たえる。
山下さんの体に土をかけていくのもぼくの役目だ。
もうすぐ顔も土で埋まるというとき、山下さんが、死体のはずの山下さんが、目をあけて言うのだ。先生に向かってではなく、このぼくに。

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